「京都の生協」No.73 2011年1月発行 今号の目次

生協の活動は「消費者市民社会」をめざす活動そのもの
―― 「消費者の権利」の前進のために ――

  2009年9月、日本で初めて、産業界とのバランスより消費者の利益を重視する省庁として、消費者庁がスタートしました。そして、2010年4月、国民生活センターの理事長に初めて民間から弁護士の野々山宏さんが就任されました。京都で長く消費者被害の相談・救済にあたってきた野々山さんは、その豊富な経験をもとに、「消費者市民社会」の実現にむけて、その一翼をになう国民生活センターの機能の充実・強化に全力で取り組んでおられます。


京都府生活協同組合連合会 会長理事
小林 智子

独立行政法人 国民生活センター 理事長
野々山 宏さん

  「保護の対象」から「権利の主体」へ~消費者として自立する存在へ

小林 これまで国民生活センターの理事長職は行政出身の方がつとめてこられましたが、このたび初めて民間出身の野々山さんが理事長に抜擢されたことで、あらためて日本の消費者行政が大きく変化してきていることを感じました。2004年にできた消費者基本法がその変化のターニングポイントといっていいでしょうか。 

野々山 そうですね。それまでの消費者保護基本法では消費者は「弱者」で「保護」の対象、事業者は「監督指導」の対象でした。消費者基本法では消費者は「権利の主体」であり、自立して事業者にたいしても一定の影響力を行使する社会をめざすべきだという理念を打ち出しています。  この理念にそって、消費者が権利者として自立できる環境をつくることが消費者行政の大きな役割となっており、国民生活センターもそのなかで一定の役割をはたすことがもとめられていると考えています。

  「消費者の権利」の前進~消費者契約法、消費者団体訴訟制度

小林 消費者基本法の成立をうけて、各自治体の消費生活条例が改定されるなど、地方の消費者行政も充実の方向にすすんできました。私も京都府消費生活審議会の委員として論議に参加してきましたが、自立した消費者をめざしつつも、現状はまだまだ消費者への支援が必要だと感じています。審議会でも、消費者教育のあり方や相談窓口の充実など、いろいろと議論を積み重ねています。

野々山 たしかに各自治体の条例の内容も、事業者の禁止行為が「これこれの行為はしてはいけない」というふうに規定が具体的かつ網羅的になり、消費者のくらしを守る役立ちが充実してきました。自治体による問題のある事業者の氏名公表などの執行も、以前よりずっとすすみました。国の政策も、有識者だけでなく、ずいぶん消費者団体の意見を聴いてつくられるようになってきました。

小林 「消費者の権利」という点では、どんな前進がありますか。

野々山 まず、消費者が発言する権利や機会がひろく認められるようになりました。その典型は消費者契約法です。この法律がなかった頃は、事業者が問題のある勧誘行為をしても、消費者にとってハードルの高い民法を主張するしかなく、救済には行政からその事業者に勧告してもらう以外になかったのが、いまは消費者自身が事業者にたいしてより容易に「こんな勧誘行為は問題だ」と提起する権利を有するようになりました。
 もうひとつすすんだ点は、消費者団体による団体訴権が認められたことです。消費者の権利擁護や自立のためには消費者団体の役割が重要ですが、いままでの消費者団体は法的な「権利」を持っていませんでした。しかし、いまは、内閣総理大臣によって認定された適格消費者団体にたいして、ある一定の不当な行為をやめさせる権利、すなわち差止請求をする権利が与えられています。これは消費者の権利という点でとても大きな前進だと思います。


  くらしの安全を守る国民生活センター~6つの事業

小林 国民生活センターの役割はますます大きくなっていると思いますが、どのような事業がすすめられているのでしょうか。

野々山 おもに6つあります。1つは、消費者被害など消費生活にかんする情報の収集・分析・提供活動です。全国の消費生活センターとオンラインで結んだPIO-NETを運営し、そこによせられた相談情報や危害情報の収集・分析・提供活動をとおして、被害の拡大・未然防止に取り組んでいます。
 2つめは、教育研修活動です。消費者被害の救済の最前線は、全国の消費生活センターや自治体相談窓口ですから、その相談担当者の方がたの研修講座を実施しています。市民や学生、企業むけの教育や研修もおこなっています。
 3つめは、消費者トラブルの解決にむけた支援活動です。かんたんにいえば、各地の消費生活センターや自治体の相談窓口にたいするアドバイザーの役割です。各地の相談担当者の方からの問い合わせに助言するだけでなく、巡回訪問指導もしています。
 4つめは、商品テストとその情報を提供する活動です。各地の相談窓口から商品事故の相談をうけて、商品テストをおこない、その結果を当該相談機関に知らせるほか、問題が多くよせられる商品については、被害の拡大・未然防止のために商品テストをおこない、その結果を公表しています。

小林 最近では防災ずきんや電気ケトルの商品テストの結果が発表されましたね。

野々山 防災ずきんの事案は、災害が起きたときのために首都圏などの小学生がみんな購入したりしているものですが、「防災製品」の基準を満たしていない一部の製品は「燃えにくい」と表示しているにもかかわらず、火を当てると焼けてしまうということがありました。
 電気ケトルの事案では、「転倒したときにお湯がこぼれてやけどをした」といった報告が増えたので、国民生活センターで商品テストをしてみた結果にもとづいて、消費者には給湯ロック機能のついた製品を購入するようによびかけることとあわせて、業界には安全性にかんする規格をつくるようもとめました。
 5つめは、広報・啓発活動です。いまお話ししたような消費者相談情報や商品テスト情報を、記者発表やホームページへの掲載を通じて、より迅速に広報するとともに、パンフレットや『月刊国民生活』『くらしの豆知識』『消費生活年鑑』などの定期発行物を通じて啓発しています。ちなみに定例記者会見は月2回やっていますし、雑誌『くらしの豆知識』は約40万部も発行しているんですよ。
 6つめに、裁判外紛争解決手続(ADR)として紛争解決委員会を運営しています。全国の消費生活センターへの支援だけでなく、国民生活センター自身も直接相談窓口を設けるとともに、重要な消費者被害については「紛争解決委員会」で調停などをしています。


  国民生活センターにもとめられている課題

小林 国民生活センターの事業が充実することで、私たちの生活そのものの安全性が向上していくことを期待しています。今後さらにどんな機能がもとめられていると考えておられますか。

野々山 ひとつは情報発信機能ですね。正確な被害情報や注意情報をより迅速に公表すること、PIO-NETの刷新、わかりやすいホームページへのリニューアルなどに取り組みたいと考えています。
 もうひとつは地方行政支援機能です。PIO-NETの追加配備、地方での研修の実施、商品テストの拡充などがもとめられています。
 ただ、商品テストの依頼は年間200件以上あるのにたいして、実施できているのは約80件です。原因は職員体制の手薄さにあるので、いま業務の「合理化」と並行して増員に取り組んでいます。独立行政法人の人件費の毎年1%削減が義務づけられているのでたいへんですが、職員のみなさんとよく議論して、すすめていきたいと考えています。


  「消費者市民」となるための4つのステップ

小林 生協では、消費、つまり自分自身の買い物行動について考え、見直すことが社会をよくすることにつながるという意味で、「買い物行動が社会を変える」といってきましたが、最近、「消費者市民」とか「消費者市民社会」という言葉を耳にするようになりました。

野々山 2008年版『国民生活白書』でも、「消費者市民」という言葉が初めて登場しました。「消費者市民」という概念は、自分の買い物の意味を考えることにくわえて、消費者運動に参加したり、情報提供をしたり、消費者団体に入るなど、主体的・能動的に選択して行動する市民というような意味をふくんでいます。いいかえれば「賢い消費者」といわれてきたことの意味が変わってきたということです。

小林 これまでの「賢い消費者」というのは「消費者被害にあわない」とか「だまされない」というイメージで語られていたと思うのですが、「消費者市民」という言葉にはもっと積極的な意味があるということですね。

野々山 そのとおりです。自分の消費行動についてよく考え、「どうすれば社会に貢献できるか」という観点で買い物もふくめた日々の行動を選択する?「消費者市民」というのは、そういうコンセプトでとらえられると思います。

小林 「消費者市民」となるには、具体的にどうすればいいのでしょうか。

野々山 1つめのステップは、その買い物がほんとうに必要なのか、ということをよく考えるということです。
 2つめは、コマーシャルによるイメージで商品を選ぶのではなく、その商品を社会に送り出している企業の環境負荷や消費者対応もふくめて、自分なりに考えて商品を選ぶことです。そういう人が増えていくと、企業の販売行動や商品政策も環境や消費者対応に配慮したものになっていくし、コマーシャルの内容も変化して、それを見た消費者はより公正な商品選択ができる?というように、よい循環が生まれるだろうと思います。
 3つめのステップは、みずから情報を集めること。買う前に、商品の安全性や環境負荷や企業の姿勢について情報を集めることが大切です。
 4つめは、そういう情報を発信するとともに、日常的にそうした情報を提供・発信している消費者団体に参加したり、その活動を支援することです。
 このような意識をもって生活し、行動する市民が増えることによって、企業の行動も変わり、世の中そのものがよくなっていく。それが「消費者市民社会」という考え方だろうと思います。


  子どものときから消費者教育が必要

小林 自分のみの幸福を追求するだけでなく、「どうすれば社会がよくなるのか」ということを考えながら生活するには、「自分の買い物は社会とどのようにつながっているのか」という教育がとても重要のように思います。

野々山 子どものときから、そういうことを考える機会が提供されることが大切ですね。「消費者被害にあわないようにしよう」というようなネガティブなものではなく、もっとポジティブな教育にすることがポイントだと思います。

小林 たとえば、どのようなことがあげられますか。

野々山 「紙製品をたくさん使って、その原料をつくるために森林が破壊されたまま放置されると、その地域の人びとのくらしも壊されるんだよ」とか「みんなが使うサッカーボールや大好きなチョコレートをつくるために、きみたちと同じぐらいの子どもたちが学校にも通えず働いている国があるんだよ。その子たちはサッカーボールで遊んだこともなければ、チョコレートを食べたこともないんだ」ということを教えると、環境問題や貧困問題を考えさせる機会になりますし、大人になったとき、児童労働に加担しないメーカーの製品を選んだり、フェアトレード製品(*)を選ぶ人が増えるでしょうね。

小林 ぜひ学校教育のなかに、そうした消費者教育を組み込んでいきたいですね。

野々山 そう思います。いま、少しずつですが、学校のカリキュラムのなかに消費者教育を取り入れようという方向も生まれていて、国民生活センターでも先般、消費者教育を研究している全国の大学生、大学院生を対象に研修をおこないました。そういう視点をもった先生が増えれば、「消費者市民社会」の実現にむけて一歩近づいていくと思います。


  生協の活動は「消費者市民社会」をめざす活動そのもの

小林 先ほど、消費者団体の役割が大切だというお話がありましたが、京都では京都消費者契約ネットワークとコンシューマーズ京都と京都府生協連という、性格の異なる消費者団体がうまく連携しながら取り組みがすすんできています。

野々山 関西には消費者支援機構関西という適格消費者団体もありますし、いろいろな消費者団体があっていいと思います。いずれにせよ、消費者一人ひとりは弱い存在ですから、その声を集約する消費者団体が必要ですね。
 それに、いまは「私たちのくらしが今後も持続可能なのか」という視点で環境保護のあり方が議論されるようになって、一定の企業では「エコ」とか「CO?排出量削減」を商品のキャッチフレーズにするところが出てきたり、リコール問題を起こした企業では「消費者のクレームこそ企業展開のチャンス」ととらえて、逆に利益を上げているケースもあります。
 つまり、今後は事業者にも「消費者目線」が要求される社会に確実にシフトしていきますから、消費者団体の存在がけっこう社会的にも重要になるのではないでしょうか。

小林 消費者・消費者団体と意見交換の機会をもちたいという事業者団体が少しずつですが、増えてきました。そういう取り組みをとおして、消費者と事業者との「新しい関係」を築くきざしが生まれてきているように思っています。私たち生協も、以前からコープ商品の製造事業者や産直商品の生産者の方がたと組合員の交流を重ねて、商品をつうじた信頼づくりをすすめてきました。

野々山 そういう活動が「消費者市民社会」につながるのだと思います。消費行動は、子どもや若者にかぎらず、多くの人びとが日常的にしているわけで、生協はそういう幅広い人たちにメッセージを送ることができるのではないでしょうか。その意味で、これまで取り組まれてきた購入の意味を考えてもらい、商品の内容を積極的に知らせていく生協の活動は、「消費者市民社会」をめざす活動そのものです。
 昨今のきびしい経済状況のもとで、一時的には苦しいかもしれませんが、生協はいちばん「消費者目線」で商品を売るノウハウをもっていると思いますし、長いスパンで見れば、社会は「消費者目線」を大切にする方向に確実に変わっていきます。そこに確信をもって、これからも先駆者としての自覚を失わないで、消費者運動をリードしていただきたいと思います。

小林 そこが「生協が生協としてありつづける」ポイントかもしれませんね。本日はお忙しいところを、どうもありがとうございました。



写真撮影・有田 知行

フェアトレード(公平貿易)は、発展途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することを通じ、立場の弱い途上国の生産者や労働者の生活改善と自立をめざす運動。

プロフィール:野々山 宏(ののやま ひろし)
学歴: 1981年3月 京都大学法学部卒業
職歴: 1981年4月 第35期司法修習生
1983年4月 京都弁護士会登録
1999年5月 第17次国民生活審議会特別委員(消費者契約法検討委員会委員)
2002年5月 日本弁護士連合会消費者問題対策委員会副委員長
2004年4月 京都産業大学大学院法務研究科 教授
2005年12月 適格消費者団体NPO法人消費者支援機構関西常任理事
2007年5月 適格消費者団体NPO法人京都 消費者契約ネットワーク理事長
2010年4月 京都産業大学大学院法務研究科 客員教授
独立行政法人国民生活センター 理事長