「京都の生協」No.82 2014年1月発行 今号の目次

「消費者市民社会」の実現にむけ、消費者教育をすすめる年に!
──消費者は「持続可能な社会」をつくる主人公──

 消費者物価が世界一高い北欧の国・ノルウェー。しかし、ノルウェーの人たちは「働く人にまともな給料を払うなら、価格はそんなに安くはならない」と考えるのがふつうなのだそうです。一方、低価格競争で100円均一ショップが繁盛し、「物が安くなった」といっているうちに、賃金は極限までおさえられ、派遣や日雇いといった不安定な働き方が横行し、生活がおびやかされるようになった日本。
レストランや百貨店では偽装表示があきらかになり、消費者と事業者の信頼関係が大きくゆらぐいま、どのような商品価格が適切で、どういう働き方が人間的なのか、持続可能な社会のあり方という観点から、消費者のくらしのありようを見直してみることが問われています。


適格消費者団体/特定非営利活動法人
京都消費者契約ネットワーク 理事長

髙嶌 英弘さん

京都府生活協同組合連合会 会長理事

上掛 利博

  津谷裕貴・消費者法学術実践賞を受賞

上掛 京都消費者契約ネットワーク(以下、KCCNと略)は、ことし第1回の「津谷裕貴・消費者法学術実践賞」(※)を受賞されました。おめでとうございます。この賞は、弁護士として消費者問題に熱心に取り組んで凶刃に倒れられた津谷さんの遺志をうけついで、創設されたものですね。

髙嶌 津谷さんは、消費者問題の実践家であるだけでなく、消費者法学の発展にも多大な貢献をされた方ですが、2010年11月に、自宅で男に襲われ、さらに通報でかけつけた警察官に襲った側とまちがえられて、はがいじめにされたすきに男に刺殺されるという、非常にショッキングな事件で亡くなられました。
この津谷さんの志をたやさず、消費者問題の解決や消費者法の発展に寄与した研究者や実践家を顕彰する目的で設けられたのが、津谷裕貴・消費者法学術実践賞です。この賞には学術賞・実践賞・特別賞の3種がありまして、今回、KCCNは実践賞をいただきました。

上掛 適格消費者団体としてのKCCNの活動が評価されたわけですね。

髙嶌 更新料条項や敷引条項の差止請求といった実践面で大きく評価してくださったのだろうと思いますが、選考委員会は受賞理由に「消費者法学においてもきわめて重要な問題提起をおこない……」とも書いてくださっているので、学術的な貢献という意味でも評価されたのではないかと思います。

上掛 更新料条項や敷引条項というのは、マンションや戸建住宅の賃貸借契約にかかわるもので、身近な問題ですね。

髙嶌 そうです。敷金から一定の金銭を差し引くという条項や、契約更新時に更新料名目で比較的多額の金銭をとるという条項が入っていて、消費者が契約書の中身を深く読まずに契約してしまうと、あとで思わぬ負担をしいられる。そういう問題が以前から出ていたので、KCCNは適格消費者団体として、最初にこの問題に取り組んで、差止請求訴訟を提起してきました。
  こうした更新料や敷引にかんする訴訟は高裁まではほぼ消費者側が勝訴していましたので、それ以後は他の事業者であっても同種の契約書が使えなくなりました。そうすると被害の未然防止にもなるので、社会的にインパクトがあったし、適格消費者団体が社会に認知される大きな契機になったと思います。

津谷裕貴・消費者法学術実践賞
2010年11月、消費者問題の解決や消費者法の発展に大きな貢献をされてきた津谷裕貴弁護士が凶刃に倒れ、帰らぬ人となりました。本賞は、故人の遺志をうけつぎ、消費者被害の根絶や消費者法学の水準を高めることに寄与した研究者・実務家等を顕彰するために設けられたものです。選考委員会委員長は、国民生活センター・松本恒雄理事長。

  多様な団体・個人で構成するKCCN

上掛 適格消費者団体というのは、2007年の消費者契約法の改正のさいに消費者団体訴訟制度が盛り込まれ、それを担う主体として生まれた組織ですね。

髙嶌 そうです。消費者問題に一定の活動実績を有し、団体訴訟制度を担いうると内閣総理大臣が認定した消費者団体で、KCCNも2007年12月に認定を受けました。適格消費者団体は、たとえば不当な条項をふくむ契約書があれば、それを使うなと事業者にもとめる権利を個別の消費者に代わって行使できます。

上掛 KCCNには、どんなメンバーが参加されているのですか。

髙嶌 京都の場合、消費者契約法制定にむけて、消費者団体、消費生活相談員などのみなさんで構成されている有資格者の会、司法書士、弁護士、研究者、一般市民の方がたがいっしょに活動をおこない、それが1998年のKCCN設立につながりました。京都府生活協同組合連合会には、適格消費者団体認定をめざして、活動をさらに発展させていこうという段階でKCCNにくわわっていただきました。訴訟活動は弁護士が中心になりますが、現在もKCCNの運営にはさまざまな団体や個人が参加されています。
  いろいろな団体や個人がKCCNに関与しているということは当然であり、また必要なことです。なぜなら適格消費者団体は、消費者と事業者の交渉にさいして、消費者を支援するためにあるのですから、弁護士や司法書士だけでなく、さまざまな市民団体、たとえば生協や相談員の方をつうじて消費者の声を吸収できる組織構造でなければいけない。その意味で、KCCNが設立当初からさまざまな方がたの協力のもとに活動できたのは、とても大切なことだったと思います。

適格消費者団体/特定非営利活動法人 京都消費者契約ネットワーク
Kyoto Consumer's Contract Network 略称:KCCN
〒604−0847
京都市中京区烏丸通二条下ル秋野々町529番地ヒロセビル4階
TEL:075-211-592
1998年、消費者契約法制定活動(2000年4月制定、2001年4月施行)をきっかけに、京都の消費者・消費者団体・消費生活相談員・学者・司法書士・弁護士などにより結成。2002年6月、特定非営利活動法人格を取得。2007年12月、内閣府より適格消費者団体として認定。差止請求関連業務を積極的におこなっています。会員数102人(2013年11月30日現在)。

  新しい可能性をもつ「集団的消費者被害回復制度」

上掛 わかりやすくいえば、適格消費者団体は「消費者利益を代表する組織」ということになるでしょうか。

髙嶌 そうですね。現代のような商品交換経済、とくに大量生産・大量消費型の資本主義社会というのは、消費者と事業者が分離する構造になっていて、その構造から両者間には必然的に情報収集力や交渉力や経済力などの格差が生じます。消費者契約法は2007年に改正され、その格差を埋めるために必要な法的制度のひとつとして、第12条で適格消費者団体が位置づけられたわけです。
この制度によって、消費者が効率的に企業活動をコントロールできるようになりました。その意味で、消費者契約法の改正は非常に画期的な内容をもつものであったということができます。

上掛 KCCNは、適格消費者団体として団体訴権を行使し、さまざまな差止請求をおこなって大きな成果をあげてこられたわけですが、昨年の通常国会で継続審議となっていた「集団的消費者被害回復に係る訴訟」制度にかんする法案が成立しました。この制度は、多数の消費者の損害賠償請求を束ねて訴訟を提起できる点が特徴となっています。

髙嶌 差止請求は、たとえ勝訴しても、不当な条項をふくむ契約書の使用を止めるだけで、実際の被害を回復することまではできません。被害回復のためには、消費者が個人で企業を相手に訴訟を起こさなければなりません。しかし、そうするのはたいへんですから、結局、泣き寝入りせざるをえないことになって、問題のある企業の活動を規制していくことに不十分さがありました。
  そこで、適格消費者団体が個々の消費者に代わって、企業に「不当な取引でためこんだお金を損害賠償として返せ」と請求できるようにしようというのが、集団的消費者被害回復制度です。欧米では多くの国が制度化していますが、日本はかなり遅れていて、ようやく実現にいたりました。

上掛 個人では取り戻せなかったお金が、この制度によって返ってくるというのは、たいへん大きな前進だと思いますが、損害賠償請求訴訟をするには課題もたくさんあるのではないでしょうか。

髙嶌 KCCNは全国でも、もっとも精力的に活動している適格消費者団体だと思いますが、実際には弁護士も他の役員もほとんどが手弁当で、持ち出しでやっているような状況です。いまでも、つねに4~5件の差止請求をかかえており、さらに損害賠償請求訴訟となると、ほんとうに新しい制度が担えるのだろうかという懸念があるのは、正直なところでしょう。
  個人的な意見を申しますと、まず適格消費者団体の数が少なすぎる。団体の数がもっとふえて、その特性や規模にあわせて役割分担ができるようになれば、実効性が高まるのではないかと思います。また、消費者被害の救済は、本来であれば公的機関がやるべきことなのに、その予算がないということで適格消費者団体が肩代わりしている側面もあります。それならば、適格消費者団体の活動にたいして、経済的基礎をつくるための最低限の補助は必要ではないかと思いますね。
  ただ、そういう問題はあるにしても、この制度は新しい可能性をもっていると思います。「多くの消費者から薄く広くお金をとる」という内容の不当取引ならば、「誰も訴訟を起こ さないから大丈夫……」と考えてきた事業者にたいして、適格消費者団体が損害賠償を請求できますし、その結果、事業者の不当な契約内容を事前に防止することにもなりますから。


  漂流する存在ではなく、社会変革の主体に

上掛 いままでは「敷金から修繕費をいろいろ差し引かれ、満額返ってこなくても仕方がない。そうしたものだ」とあきらめていたけれども、じつはそれが不当だということが裁判ではっきりして、自分だけでなくこれから契約を結ぶ人にも役立つというのは、とても大事なことではないかと思います。
  消費者庁も、2012年12月に施行された消費者教育推進法について、『消費者市民社会って?』というパンフレットを発行し、「消費者市民社会」とは「消費者が公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会」であり、「一人一人の消費者が、自分だけでなく周りの人々や、将来生まれる人々の状況、内外の社会経済情勢や地球環境にまで思いをはせて生活し、社会の発展と改善に積極的に参加する社会」を意味するとし、「消費者が大量生産・大量消費・大量廃棄の経済の波に流されて漂流する存在から、持続可能な社会、経済の実現に向けた舵取り役となる」とまで、うたっています。これは非常に重要な提起だと思います。
  とくに、わたしが注目したのは「自分だけでなく、周りの人々や……」という部分です。つまり、自分の利害だけでなく、あとにつづく人たちや地球環境のことまで考えて生活し、主体的に行動する市民を想定して「消費者市民社会」を展望しているわけですね。

髙嶌 まさにそうです。消費者は、いままでは大量生産された商品を使うだけの受身の存在とみられてきて、「保護の対象」ではあっても、「社会変革の主体」としては考えられてこなかった。このままでは企業活動をコントロールできず、持続可能な社会の形成が阻害されるから、消費者一人ひとりが社会構造そのものを変革する主体になって、社会を変えて いこうというのが「消費者市民社会」の概念です。
  「消費者市民社会」という概念は、日本では消費者教育推進法第2条のなかに書き込まれることになりました。この概念は、おそらく今後の消費者教育の中心的な理念をしめす言葉になるだろうと思います。


  主体的に行動できる消費者を育てるために

上掛 消費者市民社会の形成にむけて、京都府でも消費者教育推進計画の策定作業がすすめられています。これからの消費者教育に必要なことは何だと考えられますか。

髙嶌 わたしは、消費者は事業者と消費者という二極構造から生じる社会のひずみを正しく認識して、そのひずみを是正するような社会制度に変革していく主体になる必要があるし、消費者教育はそうした消費者を育てる大きな要素だと考えています。
  そうすると、消費者教育で重要なのは総論部分、つまり現代社会における消費者の地位を理解することだということになります。わかりやすくいえば、「消費者は王様だ」といわれるけれども、実態は穴の底にとじこめられて、パンを上から投げ込まれているだけで、何も関与できていない。
結局は大企業の思うままに、「あなた方はおとなしく労働力だけ提供してください」といわれているのと同じですから、そういう消費者が置かれた構造的な状況を認識してもらうことが消費者教育の出発点になると思います。

上掛 「総論部分が必要」という点では、わたしの専門である福祉分野でも、ソーシャル・ワーカーの仕事は、目の前の対象者の困難を解決するだけにとどまらず、それをつうじて問題の根本、つまり社会全体の仕組みや人びとの意識を変えていくことがもとめられます。つまり、短期的な課題の解決だけでなく、中・長期の視点からのアプローチの両方が必要になります。高齢者や障がい者や子どもたちが直面する課題をつうじて、みんなが安心して暮らせるような「よりよい社会へ変えていく」ことがソーシャル・ワーカーの責務です。
  このことは消費者についても同じで、環境負荷が少なく児童労働によらない商品やサービスを選ぶフェア・トレードをつうじて、企業の活動に影響をあたえていくことができるし、消費者運動などに参加して、より積極的に企業や社会を変えていくことがもとめられていると思います。

髙嶌 まったく同感です。そのためには幅広い知識が必要ですが、これまでの消費者教育は、環境問題・食育・法教育というように、各講師の専門分野の話にとどまっていて、社会構造そのものを理解するという、総論部分が決定的に欠けていました。環境問題でいえば、容器包装リサイクル法など、もっとも基本的な法制度もふくめて環境教育のなかで教えなければいけないのに、それは法教育の領域とされ、別のところで話される。そうすると、いろいろな消費者教育をうけても、すべてがバラバラのままで、社会構造そのものの理解にまでいたらないわけです。

上掛 同じ学習をするにしても、「被害にあわないためにどうするか」という教育は入り口であって、ものごとの本質をきちんととらえて、主体的に行動できるような消費者を育てる「深い学習」と、そのための調査や研究が大事になっていますね。

髙嶌 いままでの消費者教育は対症療法的なものにとどまっており、病気の根本的な原因の発見・対策にはなってこなかったのではないかと思っています。その意味では、適格消費者団体はいろいろな専門家が集まっている組織ですから、そこで議論することによって、従来の消費者教育に欠落していた総論部分があきらかになるのだろうと、わたしは考えています。


  「消費者市民社会」と生協がはたすべき役割

上掛 生活協同組合は、組合員・役職員の学習・教育を重視して活動してきました。これからの生協に、どんなことを期待されますか。

髙嶌 生協は、消費者の側から社会を変えていこうということで生まれた組織ですから、まさに消費者市民社会がめざしている方向を先どりされていたのではないかと、わたしは評価しています。
  生協に期待したいのは、まずなによりも食の安全にかかわる取組みですね。食品にかかわる表示にかんしては、法的な規制がとどいていない領域もありますので、適格消費者団体としても、食品表示法にもとづく差止請求を考えなければいけないだろうと思っています。
 食の安全は、生協が地道に取り組んでこられた分野ですので、適格消費者団体とも協同して、いろいろな取組みをすすめていきたいですね。
  消費者教育にも、生協は積極的に取り組んでこられました。消費者教育推進法では、地域ごとに核となる団体をつくることがもとめられていまして、おそらく京都府でもそのような推進組織がつくられていくだろうと思います。
体系的な消費者教育の実施にむけ、消費者団体、そのなかには生協や適格消費者団体も入ると思いますが、事業者団体、福祉関係団体、学識経験者、さらには市町村との連携をつよめて、いっしょに活動していけたらと考えています。よろしくお願いいたします。

上掛 こちらこそ、よろしくお願いします。きょうは、ありがとうございました。

写真撮影・有田 知行


プロフィール:髙嶌 英弘(たかしま ひでひろ)

(略 歴) 1959年
1989年
2000年
2004年
2008年
2010年
2012年
京都生まれ
神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程単位取得
京都産業大学法学部教授
京都産業大学大学院法務研究科教授(現在に至る)
滋賀県消費生活審議会委員
京都消費者契約ネットワーク理事長就任(現在に至る)
滋賀県消費生活審議会議長(現在に至る)
◎専門 民法、医事法、生命倫理、消費者法
◎共著 『基本講義 消費者法』(日本評論社、2013年)
『判例から学ぶ消費者法』〔第2版〕(民事法研究会、2013年)
『新・コンメンタール 民法』(日本評論社、2012年)
『ヨーロッパ私法の現在と日本法の課題』(日本評論社、2011年)
『レクチャー消費者法』[第5版](法律文化社、2011年)
◎論文 「医療と消費者」(長尾治助先生追悼論文集『消費者法と民法』法律文化社、2013年)
「『追い出し』の法的問題点」(『消費者法ニュース』No.80、消費者法ニュース発行会議、2009年)
「動機の錯誤に関する判例法理」(上)(中)(下)(『法学教室』有斐閣、2006年1月号~3月号)