黒川万千代さんを悼む

2011年02月21日

110221_annne.jpg 一生を社会運動・平和運動にささげた黒川万千代さんが亡くなられた。ご夫君は、労働分野で著名な経済学者・黒川俊雄さんで、万千代さんとはじめてお目にかかったのも黒川俊雄先生の慶応義塾大学の研究室だった(ように記憶している――余談だが、俊雄先生からは「慶応大学でなく、慶応義塾大学です。義塾をぬかしてはいけません」と、たびたびお叱りをうけた)。万千代さんは50歳を前にして、出版社の1営業ウーマンとなり、突如、私たちの前にあらわれた。「なにも、そんなことをなさらないでも……」と私は思ったが、そのへんの理由は定かではなかった。黒川教授夫人とは知らないまま、命令口調で横柄な態度をとっていた勤務先幹部や取引先もあった。しかし、彼女は笑顔をたやさず、1労働者として本を車に積み込み、もくもくと営業回りの仕事をつづけた。「1943年10月21日、秋雨の出陣学徒壮行のとき、私は女学生で神宮外苑にいました。黒川俊雄も出陣する学徒のひとりでした」「社会運動にかかわるようになったのは夫よりも私が先で、私が夫をさそったのよ」――仕事の合間に語ってくれた。お生まれになったのは1929年、広島での被爆も経験した。ちょうどアンネ・フランクと同い年ということもあり、『「アンネの日記」への旅』『アンネ・フランク――その15年の生涯』などを著し、核兵器廃絶を世界に訴えつづけた。知性的で、ふくよかで、1市民として上下のへだてなく立ち振る舞われる、そのさわやかなお姿がつよく心に焼き付いている。さようなら。ゆっくりとお休みください。<写真:綾部駅前にあるアンネのバラ>(2011年2月21日、坂本茂)