トップページ > 広報誌・広報紙 > 事務局便り〔短信〕 > 「参加することに意義がある」は適訳か?

「参加することに意義がある」は適訳か?

2012年07月31日

 ロンドン五輪がはじまった。オリンピック精神をあらわすものとして、「勝つことでなく、参加することに意義がある」というフレーズがよく用いられる。1908年に開かれたロンドン大会で、クーベルタンIOC会長が、エチュルバート・タルボット司教の発言を下敷きに、演説のなかで使った言葉として有名になった。しかし、どうも、この「参加することに意義がある」という日本語訳に、何か釈然としないものを感じているのは当生だけであろうか。「とにもかくにも、オリンピックに出場することだけでもたいへんなのであって、オリンピックに出場しただけで十分だ。試合の結果は問わない」との理解を生み、転じて「敗者へのなぐさめ」となる。一方、マスコミ報道は「メダル何個が目標」「メダルの色は……」と、勝ち負けにこだわった内容となっていることが多く、「参加することに意義がある」との精神はどこへやらだ。

インターネットで調べてみると、フランス人であるクーベルタン男爵は「L´important,c´est de participer」とのべたらしく、英語では「The importance of these Orympiads is not so much to win ,as to take part」となっている。たしかにparticipertake partの日本語訳は「参加」というのが一般的であろう。しかし、「参加」という日本語のもつニュアンス以外のものもふくまれていて、「share in something」=何かを共有する、分かち合うという意味がある。すると、標記のフレーズの直訳は、「勝つことでなく、オリンピックで何かを共有する(ないし、何かを分かち合う)ことに意義がある」となる。日本語としてはこなれたものではないが、こう考えることで、おのずと、その「何かとは何か」に考えがすすむ。それは、なによりオリンピックが開かれること、その場に居合わせることができること、「よりよいもの」をもとめあうことができることであり、それら全体をふくんだ「喜び」であるかもしれない。エチュルバート・タルボット司120731_gyoen.jpg教の発言は「the Games themselves are better than the race and the prize」であったという。<写真:夏の御苑>(2012731日、坂本茂)