「京都の生協」No.101 2020年4月発行 |
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人間だけでなく動物にとっても楽しい動物園
── すべてのいのちの尊厳と向き合う ── |
動物園はいま、珍しい動物をながめて楽しむ施設から、自然環境を考えながら、いのちについて学ぶ施設へと進化を遂げています。そうすることが動物と人間の幸福に貢献すると考えられるようになってきたからです。お気に入りの動物に癒されつつ、楽しく学べる動物園に、久しぶりに足を運んでみませんか。
![]() 京都府生活協同組合連合会 会長理事 (京都府立大学公共政策学部教授) 上掛 利博 |
![]() 京都市動物園 園長 片山 博昭(かたやま ひろあき)さん |
気軽に来園できる都市型動物園 |
![]() 上掛 私は北九州市の出身で、子どもの頃よく、小倉の「到津(いとうづ)遊園」(現「到津の森公園」)の動物園に行ったことが懐かしく思い出されます。京都市動物園は、東京の上野動物園に次いで、全国で2番目に古い動物園ですね? 片山 上野動物園(正式名称:東京都恩賜上野動物園)は、1882(明治15)年に当時の農商務省が設立して、いわば国の事業としてスタートしました。京都市動物園は、その21年後の1903(明治36)年に、国内初の自治体直営の「京都市紀念動物園」としてオープンしています。設立に際しては市民の方々がたくさん寄付してくださり、今日まで116年という長い歴史を重ねてきました。 上掛 京都市動物園は、大都市にありながらも市内中心部から近くて、市民にとって、とても身近な存在です。 片山 日本の動物園の多くは、山あいを切り開いて、郊外のレジャー施設のようなかたちで整備が進みましたが、当園は岡崎地域にある他の文化教育施設と共存する必要がありますので、開設以来、敷地を広げていません。そのため、小さなお子さんからハイヒールを履いた女性やお年寄りまで、どなたにも楽しんでいただける都市型動物園となっています。 上掛 加えて、中学生以下は無料ということで、私の子どもたちもよく通いました。来園者には、やはり子どもさんが多いのでしょうか。 片山 いちばん多いのは子育て中の若いご夫婦とそのお子さんですね。 また、事前に依頼をいただき、10人程度でまとまれば、可能な限り園内ガイドやミニ講演などの対応もいたしますので、高齢者のみなさまも同窓会の待ち合わせ場所などに利用していただければと思います。 ※京都市キャンパス文化パートナーズ制度の対象者:公益財団法人大学コンソーシアム京都に加盟する大学及び短期大学の学生 |
大人が楽しめる動物園 |
![]() 上掛 全面リニューアルを、市民はとても期待していました。2015年にグランドオープンすると、レストランや「図書館カフェ」という楽しいスペースができていて、さきほども子育て中のファミリーが、飲み物を手に絵本を開いてお話しをしている微笑ましい光景を目にしました。図書館カフェは入園料なしで利用できるのですね。しかも、竹内栖鳳や山口華楊、伊藤若冲など、京都画壇を代表する画家の動物の絵の作品集まで置かれていて驚きました。 片山 公設公営の動物園だからこそできるのですが、利用無料の図書館を備えているのは日本の動物園で当園だけです。 上掛 「図書館カフェDEトーク」も、ユニークな企画です。 片山 当園には、動物の生態や福祉を研究する「生き物・学び・研究センター」が設置され、そこに5人の博士が所属しています。研究センターを設けているのは全国の動物園でも唯一でして、彼らはその研究成果を学会で発表するだけでなく、飼育現場に還元したり、市民のみなさまにわかりやすくお伝えしようと奮闘しています。その取組みのひとつが「図書館カフェDEトーク」で、毎月末の日曜日の夕方、無料で開催し、研究者が自分の研究している動物のことをお話しします。 上掛 とても興味深い催しですが、これも入園料はいらないのですね。その他にも「バックヤードツアー」など楽しそうな催しがたくさんありますが、私は特に「プレミアムフライデーin ZOOナイトツアーwithビア」に心惹かれました(笑)。 片山 これはプレミアムフライデーの夜、仕事帰りの大人のみなさんに夜の動物園のガイドツアーの後、お食事を楽しんでいただく企画で、食事時は私たち職員がホストとしてテーブルを回って動物談義をします。3年前、園長として着任したとき、大人の方にも楽しんでいただけるイベントを打ち出したいと職員に相談して始めたのですが、おかげさまで大人気で、申込受付が始まると瞬時に定員に達してしまいます。園内のレストランの収容人数の関係で60人限定ですが、ぜひ続けたい人気プログラムに育ちました。 上掛 岡崎エリアは、美術館、府立図書館、能楽堂、ホールなどの文化施設が集積しているので訪れる人も多いでしょうから、大人がひとりで来ても楽しめる動物園になれば、この地域の魅力がいっそう増すように思います。 片山 それらの施設が協力して、この地域の活性化に取り組もうということで、「岡崎魅力づくり推進協議会」を結成し、特に夜の岡崎の魅力を高めようとしています。当園も、従前から夜間開園を年間12回実施していますが、これもとても人気で、1回あたり約1500人のお客さまが来園してくださいます。 |
大人も学べる動物園 |
![]() 上掛 先ほど「文化教育施設としての動物園」というお話がありましたが、生活協同組合は学ぶということを大切にしています。「大人の学びの場」という側面からすると、特質はいかがでしょうか。 片山 ゴリラもアジアゾウも、野生下では群れをつくる動物でして、彼らを観察していると、仕事や家庭生活を経験してきた大人だからこそわかることがたくさんあります。 アジアゾウを例に挙げますと、40年前からいる「美都(みと)」と5年前にラオスから来た4頭の子ゾウのリーダー格の「冬美」の間には軋轢と葛藤があります。 「美都」は、同居していたゾウが13年前に死んで以来、単独飼育されてきましたから、「冬美」たちが来るまでは寂しかったけれども気ままに暮らせていました。そこにラオスから4頭の子ゾウが来ると、最年長で体もいちばん大きい「美都」と4頭の子ゾウのリーダーの「冬美」という複数のリーダーがいることになり、ゾウの群れでの社会関係が生まれ、2頭のリーダーの間ではちょっとしたバトルも起きるのです。 しかし、スタッフが工夫を重ね、5頭が一緒に過ごす時間を何度も設けるなかで少しずつ仲良くなってきましたし、「美都」と「冬美」がやり合っていたら「春美」が間に入って仲裁しようとするような関係性が生まれてきました。 このようなゾウたちの姿は、社会経験を積んだ大人でなければ理解し得ないのではないでしょうか。なぜ、この動物はこんな行動をするのだろうかと考えていくと、いつの間にか自分の子育てを振り返ったり、職場の人間関係を見つめ直したりして、大きな気づきを得ることもあります。動物園は、癒されると同時に、動物の行動から他者理解を学ぶ場でもありますから、ぜひ大人の方々も動物たちと会っていただきたいと思います。 また、京都市は環境モデル都市を目指していますので、動物園も、珍しい動物を展示して見世物小屋のように楽しんでもらうのではなく、動物の観察を通じて、その動物の生息域に想いを馳せ、その環境を知ることから地球環境の問題を学んでいただける場でありたい。当園にはそういう役割が課せられているだろうと考えています。 |
老いても懸命に生きる ─動物が教えてくれること |
上掛 京都市動物園では、ライオン、オナガゴーラル、アカゲザル、シロエリオオヅル、ヒヨドリについては、現在の個体を最後に飼育をやめるという方針が発表されて話題になりました。特にライオンは子どもに人気がありますので、市民のショックも大きいようですが…。 片山 ライオンは、ネコ科の大型猛獣で、群れ(プライド)を形成する動物の代表格です。ところが、現在いる老齢ライオンの「ナイル」は、3年前に連れ合いの「クリス」を亡くしてからは単独飼育となっています。本来ならペアでも不十分で、野生下では家族で群れをつくるのが通常であるにもかかわらず、当園の敷地面積は狭く、ライオンを群れで飼育するのが難しいからです。今後も抜本的な飼育環境の改善は難しいことから、動物福祉の観点に立ち、断腸の思いでライオンの飼育中止を決定しました。 「ナイル」は、現在25歳で、ヒト年齢に換算すると110歳を超えると思われます。欧米の動物園関係者が視察に来られると、園全体に関してはおおむねすばらしいと評価してくださいますが、「もうじゅうワールド」については厳しい評価で、特に「ナイル」については欧米の死生観もあって「あれほどやせて痛々しい状態になったら、ライオンのためにも安楽死させるべきだ」と批判されます。 ですが、「ナイル」は、まだ自力で立って、餌場にも歩いて行けるし、ほえて縄張りを主張しますし、血液検査でも腎臓機能が少し落ちている以外は標準値ですから、いわば老衰の状態です。それでも間違いなく看取りの時期ですので、あと数日の命と判断すればバックヤードで過ごさせますが、それまでは懸命に生きる「ナイル」を、そのやせ衰えた姿も含めてしっかり市民のみなさまに見ていただこうと思っています。 ですから、ご批判に対しては、園として「命に対する日本の価値観をベースに、『ナイル』の尊厳と幸せを大切にして、これまで同様、状態に応じたサポートをおこないながら飼育する」との見解を述べさせていただきました。 そうすると、ほとんどの方が理解してくださって、そのやり取りをライオン舎の前の掲示板で紹介すると、「これこそ命の教育だ。すばらしい」と、涙を流して感動される方もいらっしゃいます。 (この対談の3日後、2020年1月31日早朝に、『ナイル』の死亡が確認されました。) |
国内外の動物園と手をつないで |
![]() 上掛 黒ジャガーのメスの「ミワ」は神戸の王子動物園生まれ、黄色のオスの「アサヒ」は大阪の天王寺動物園生まれで、京都・大阪・神戸の三都の園の協力の賜物だと伺いました。動物園のネットワークが重要になっているのですね。 片山 いまは野生の状態から動物を捕獲してくることはできない時代ですから、国内の動物園同士が協力し合うことが欠かせませんし、世界的に希少な動物ともなれば海外の動物園とも信頼関係を結ばないと導入できません。 たとえばゴリラを日本で飼育しているのは6園だけで、そのうち繁殖の経験があり、群れで飼えているのは3園のみですから、国内の園で協力し合っても10年後には血縁関係が濃くなりすぎて繁殖に適さない状態になります。 そのときに日本のゴリラ飼育の理念や技術が国際的に評価されるレベルに到達していなければ、外国からのゴリラの導入や交換が成り立たなくなり、日本の動物園からゴリラがいなくなります。信頼できない相手に自園の動物を託したくありませんから、その意味でも当園が国内の動物園をリードしていけたらと思っています。 上掛 府立植物園との連携も進んでいるようですが…。 片山 府と市という所管の違いはありますが、同じ自然科学系の文化教育施設ですから、何か連携できないだろうかと、ここ数年、現場の職員間で率直な話し合いを重ねてきました。 その結果、動物園からはゾウの糞を堆肥化した良質の肥料をプレゼントし、植物園からは膨大な量の倒木の太幹や大きな枝葉、枯れ枝をいただくことになったのです。太幹や太枝は、遊び道具になるように放飼場(ほうしじょう)に仕掛けると、まさに自然の中で木に登るような環境が再現できて、動物たちの生活の質がうんと向上しました。 今後もこうした連携は大いに進めたいと思っています。 |
「動物の福祉」を追究する動物園 |
![]() 上掛 私は福祉を研究していますが、北欧でブタやニワトリといった家畜の飼育環境の観点から「動物福祉」の議論を聞いたことがあります。動物園の展示動物では、動物福祉にどのように取り組まれているのでしょうか? 片山 人間の食料になる産業動物の分野では福祉的配慮がかなり進んでいて、動物園の動物福祉はそれを見習いながら進化しつつあります。 動物園の動物福祉を考えるうえでポイントになるのは、いかに退屈させないで一日を過ごしてもらうかということです。野生動物は、一日のほとんどを餌を探しながら過ごし、そのなかで気持ちがワクワクしたり、ちょっとドキドキしたり、穏やかに過ごせる時間があったりしますから、飼育下では採食時間をできるだけ長くすることが一日を退屈させない最たる方法になります。 たとえば自然界のアムールトラは、捕食した肉を、大きな首を振り回しながら食いちぎります。その動作を再現させるために、動物園では肉を青草の中に巻き込み、それをさらに段ボール箱の中に隠します。段ボールを食いちぎり、青草に包まれた肉の匂いを嗅ぎ取り、青草を足と口でひもといていくとき、アムールトラは「もうすぐ肉にありつけるぞ」とワクワクしているに違いありません。それがアムールトラにとって幸せな時間であり、動物園の動物福祉とはそういうものだろうと考えています。 それから、産業動物、実験動物、展示動物、家庭動物など、あらゆる飼育下の動物について、動物福祉の世界では「5つの自由」という考え方が国際的な基本となっています。 これは飢えや渇きの苦しみ、実験や病気などによる苦痛、殺される恐怖や不安などから動物を解放し、習性に合った環境で飼育しなければならないという考え方で、その観点から、かつて製薬会社で実験動物としてよく使われていたチンパンジーは現在ではほぼモルモットに代替され、動物実験以外の方法への転換も増えています。 1980年代に入ると、動物園の動物についても、その動物本来の習性に応じた適切な環境で飼育されているか等の視点で語られるようになりました。90年代後半からは各動物園の若手の飼育員が自主的に動物福祉を学び、自分の担当動物での実践を考えるようになり、2000年代以降はさまざまな試みを重ねています。 ようやくここ10年で動物福祉を各園がしっかりと意識するようになってきましたが、これからは飼育員個人の動物に対する愛情や熱意だけで動物福祉が成り立つ時代ではありませんので、動物園という組織として研究者を含む職員全体で相談し合い、科学的根拠に基づく動物福祉に取り組むことを宣言しようと思っています。 一例として、「おとぎの国(※)」ではヤギやヒツジとふれ合っていただくことができますが、さわられることが動物のストレスにならないかという問題意識から、動物の毛を分析してストレス度を測定してみました。今後もいろいろな試みを行ない、必要に応じて見直すことが重要だと考えています。 ※ヒトと動物 同じ生き物どうしの「ふれあいの場」 |
すべてのいのちが輝く動物園をめざして |
上掛 このほど発表された動物園の将来構想案では、「いのちをつなぎ、いのちが輝く動物園となるために」と謳われていますね。 片山 2020年からおおむね10年間の当園のあり方を、専門家や市民の方にも参加していただいた検討委員会で1年半にわたって議論してまいりました。いまはまだ最終形ではなく、まとまりつつある段階ですが、初めて京都市動物園の理念を「ヒトを含む全ての動物のいのちと暮らしに敬意を持って向き合う」というかたちで打ち出し、行動指針も整理して、具体的に取り組む内容を「5つの柱と27の施策」にまとめることができました。 特に「5つの柱と27の施策」に掲げた項目の半数弱は、すでに数年前から試し始めていて、今後も続けていくべきだと私たち職員が熱く思える取組を体系化したものです。 5つの柱は「生物多様性の保全に力強く貢献し日本をリードする動物園」「野生動物の行動や生態、福祉を研究する世界水準の動物園」「文化教育施設として日本国内のオンリーワンを目指す動物園」「多くの人が集い、多くの学びを広げる動物園」「『近くて楽しい動物園』の更なる発展」です。 生物多様性の保全に貢献することは動物園本来の役割ですし、5人の博士を擁して世界水準の研究をおこなうことは海外の動物園の信頼を得るために必須ですので、ぜひチャレンジして、他の園のお手本になりたいと考えています。 上掛 学生の利用が少ないというお話もありましたが、学びの場である動物園の魅力を、大学生協などでももっと紹介できればと思います。また、「近くて楽しい動物園」は、都心に近いことや来園者が楽しめるだけでなく、動物と人との距離も近くて「人間だけでなく動物にとっても楽しい動物園」という意味が込められているのですね。 動物の姿を通して、あらためて福祉や環境の問題を考える機会になりました。ありがとうございました。 |
写真撮影・有田知行 |
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