「京都の生協」No.102 2020年8月発行 今号の目次

協同組合の手法で社会の課題解決に貢献する。
── 連帯と学び合いが協同組合の真髄 ──

上掛利博さんの会長理事就任は国際協同組合年の2012年。以来8年間、北欧ノルウェーの福祉社会に関する見識と生協研究の蓄積をもとに、京都府生協連の活動を牽引してこられました。このたび会長理事のバトンを託された西島秀向さんと、協同組合・生協の可能性について語り合っていただきました。


京都府生活協同組合連合会 前会長理事
(京都府立大学公共政策学部名誉教授)

上掛 利博

京都府生活協同組合連合会 新会長理事
西島 秀向(にしじま ひでひさ)

  大学生協が果たしている役割

西島 長い間、お疲れさまでした。京都府生協連の理事として1年、会長理事として8年、あわせて9年間活動され、府立大学の教授として教壇に立ってこられました。京都府生協連会長理事と二足のわらじを履いてこられましたので、ご苦労も多かったのではないでしょうか。

上掛 三月まで京都府立大の教員でしたが、生協連の会長理事になったころは、京都府が若い世代への消費者教育を進めようとしていた時でしたので、各大学生協の学生委員と連携してこの取り組みが実現できたことは、大学教員と会長理事の2つの相乗効果が大きかったように思います。

学生さんは、将来、地域生協などの組合員となっていく人たちですので、協同組合の意義を伝えたいと思ってかかわってきました。学内に自治会活動がほとんどない昨今、生協の学生委員は大学から意見を求められたり、平和活動に力を発揮するなどして活躍しています。

西島 それは頼もしいですね。学生委員のなり手は多いのですか。

上掛 府立大学の公共政策学部では、新入生合宿で4人の総代を選ぶのですが、毎年わりとスムーズに決まります。学生委員は、全学で30人近くいます。一般のサークルと同じように捉えて参加してくるのですが、そうやって集まった学生さんを、各大学生協の理事や学生委員の先輩たちが育ててきているので、「一言カード」などで協同組合の良さを体験して、積極的にかかわろうという学生が増えているのだと思います。


  北欧と日本の福祉の違い

西島 福祉の研究でノルウェーを何度も訪問されたそうですが、ノルウェーの生協に行かれたことはありますか。

上掛 20年程前にオスロにある生協本部を訪問し、インテリアがシンプルだけど素敵な部屋(生活文化の質の高さを実感!)で説明を聞いて、百年の歴史を書いた分厚い本をいただきました。その後も、店舗に立ち寄り、職員の方に話を聞いたりしています。

ノルウェーの生協は、特別なミッションで運営されているというより、普通のスーパーと同じという印象です。班活動とか個配はありませんし、友人に聞くと組合員にはガソリンの割引があるぐらいの差とのこと。ただ、生協の売り場には有機農産物やフェアトレード商品が多く並べられていて、みなさんごく自然に買っていました。

また、日本では牛乳パックを「洗って」「広げて」「乾かして」「束ねて」から回収に出しますが、ノルウェーでは新聞紙や雑誌、包装紙などとそのまま紙専用のグリーンのごみ箱に捨てるだけで、すべて回収されリサイクルされます。ノートの紙は真っ白ではなく少し茶色のが多いですし、卵の入れ物もプラスチックではなく紙製です。

消費者が民主主義の主権者として行動する「消費者市民社会」ができているし、女性も普通に働いている社会ですので、環境負荷の低減や買い物を通じた途上国支援なども、個人の負担にならないような「誰でも参加できる仕組み」をつくっているわけです。

西島 誰もが無理することなく、「消費者市民社会」の一員として生きることができるのですね。

上掛 そのことがはっきり現れているのが福祉の分野です。日本では「真に福祉を必要とする人に手厚い福祉を」という考え方が、良いイメージで浸透しています。歴史を知ると明らかですが、これは絶対に実現しません。というのは、誰が「真に福祉を必要とする人」なのか見極めることが出来ないからです。

加えて、「かわいそうな人を助けてあげるのが福祉」という捉え方も根強いから、「福祉にはボランティア精神が必要だ」と言われます。北欧では、くらしに必要なことは公共サービスとして提供されていますから、ヘルパーなど福祉に従事する人は全員が公務員です。ボランティアは、地域でスポーツや音楽活動の世話をすることが中心です。

つまり、北欧では「福祉はみんなの幸せのためにある」という普遍主義の福祉なので、日本のような特定の人を選別する福祉ではありません。道路の段差をなくしエレベーターを整備するなど、社会の環境を整えています。そうすると、車いすの人だけでなく、ベビーカーを押す人も、お年寄りも子どもも、誰もが街に出やすい社会になります。

西島 ノーマライゼーション(*)の考え方が根付いているのですね。

上掛 人間は生まれてから死ぬまで誰かの世話になります。誰にでも、病気になったり事故に遭ったりする可能性はあります。ですから、「誰もが歳をとっても安心してくらせる社会」を北欧諸国はつくってきたわけです。

税金は確かに高いけれども、大学まで授業料は無料ですし、年金生活も含め老後の不安がありません。税金は自分に戻ってくるので、国民は納得して払っています。

*ノーマライゼーション:1950年代に北欧諸国から始まった社会福祉をめぐる社会理念の一つ。障がいのある人が障がいのない人と同等に生活し、ともにいきいきと活動できる社会を目指す考え方。


  格差の小さい北欧社会

西島 そのような日本とノルウェーの社会の違いはどこから生まれるとお考えですか。

上掛 北欧は自然環境が厳しいので、みんなで助け合わないと生きていけないという歴史的背景があります。現代に引きつけていえば、「格差が小さい社会」なのです。アメリカや日本と同じ資本主義国ですが、「自己責任で職業を選択したのだから、低賃金で働くのも本人の責任だ」とは考えません。どんな職業に就いても、労働条件が整っていて普通に食べていける。この平等な社会のあり方が、福祉の考え方の違いとしても現れているのです。

ノルウェーは世界で最も新聞を読む国ですが、メディアが権力の監視という役割をきちんと果たし、地元の問題から世界の政治経済まで問題点をクリアにしている点は、日本との大きな違いではないかと思います。コミューネ(市町村)の議員は無給のボランティアなので、夕方4時に仕事を終え家で夕食を摂って、6時から議会を始めます。市長はフルタイムの仕事ですが、私が住んでいた街では、小学校の校長(女性、保守党)が休職して市長の仕事をやっていました。

西島 それが本来の自治という気がします。

上掛 住民が自分たちの住んでいる地域に責任を持ち、地域の課題を自分たちの手で解決しようとしているのです。町内会の組織はありません。


  学び合いが協同組合の可能性を広げる

西島 福祉を研究対象とする上掛さんだからこそ、協同組合運動でも大きな役割を果たされたのだと思いますが、その協同組合の思想と実践はユネスコの無形文化遺産に登録され、国連のSDGs(持続可能な開発目標)においても協同組合に期待が寄せられています。

上掛 「開発」というと山野を切り開くようなイメージがありますが、「人間の開発」という意味であれば、SDGsは「人間発達」を保障し、一人ひとりの人間の持つ能力を社会に生かす取り組みとしてあると考えます。「みんなが幸せになる」という北欧の普遍主義の福祉を、いわば地球規模で実現するように目指すもので、一つひとつの課題を解決していくことで、その内実を創っていくことが求められています。

そこで思うのは、協同組合という手法を使って解決できることや、世界でこれまでに解決してきた事例から学ぶことができれば、SDGsの課題解決にもっと寄与できるのではないかということです。「相互に学び合う」ことができるというのは、競争原理に突き動かされる民間企業とは違う協同組合の大切な本質であり、それがあるからこそ「協同組合間の協同」も可能になるわけですから、生活協同組合の連合会の役割としても、各府県の生協の活動から学んだり、他の分野の生協と連携したりして、より良い生協連を創って行くことが大事だと考えます。


  協同組合・生協が社会に存在する意味

西島 長年、協同組合運動に携わってこられた立場から、今後の生協にどのようなことを期待されますか。

上掛 2011年の東日本大震災の後、原発に依存して大量の電力消費をするくらしの見直しが問われ、そこから脱却する議論が起こりました。それが忘れ去られ、新型コロナウイルス感染症による危機が到来して、今度は「新しい生活様式」が盛んにいわれていますが、本当に生活様式を問い直すというのであれば、エネルギー問題や食料生産の問題、高齢者や子どものケアの問題などへの対応から問われなければならないわけですし、そこで果たすべき協同組合・生協の役割というのは、SDGsの課題と重なる部分が多いと思います。

そう考えると、「消費者市民社会」の形成に向けて、その担い手である組合員や地域住民を「育てていく」ことが大きな課題だったのですが、この間、それが軽視されていなかったかと振り返っています。「行動に結びついた学習」が協同組合の間で課題となってこなかったことが、反省点としてあるような気がします。

西島 それは組合員活動よりも事業活動に重きを置いたという意味でしょうか。

上掛 一概には言えませんが、「協同組合が社会のなかで果たす役割」について、どこまで自覚的だったかを問うてみる必要があるように思えます。大量生産・大量消費・大量廃棄の見直しが求められ、「エシカル(倫理的)消費」という言葉も知られるようになりました。協同組合が存在して組合員が利用することの意味は、地域で収穫したものが地域社会のなかで消費される「循環」を創り出すことではないでしょうか。

健康的な食生活には「地産地消」が大切で、食も言葉も文化も、「地域性」がなくなると魅力が減ってしまいます。
地域を大事にするということは、人間を大事にし、そのくらしを大切にすることにつながるわけですから、それを仕組みとして創り出して、意識の高い人だけでなく、みんなが地域とつながり地域を大事にしたくらし方ができるようになっていくと良いなと考えます。


  消費者運動ひとすじに

上掛 西島さんは、これまで協同組合のどの分野で働いてこられたのですか。

西島 1979年に日本生活協同組合連合会(略称:日本生協連)に入り、商品事業に数年携わった後は組合員活動や消費者運動に関わってきました。当時の日本生協連組織部(後の組合員活動部)で、私が最初に経験したのは当時、冬季の生活必需品だった灯油を適正価格で安定的に供給するよう求める運動と平和のための活動です。

その後、全国消費者団体連絡会(*)に出向したときは、製造物責任法(PL法)の制定運動に関わりました。そこで経験したのが、弁護士・司法書士・消費生活相談員等の専門家と生協を含む消費者団体が一緒になって運動を推し進めることです。それまでテーマごとの点でのつながりだったのですが、このとき初めて継続的に意見交換しながら進めるネットワーク型の運動ができたのではないかと思います。

そして、2005年には、消費者団体訴訟制度の受け皿のひとつである消費者支援機構関西(KC‘s)の設立に参加しました。消費者団体訴訟とは、事業者の不当な行為(契約条項・表示等)の差止請求ができる制度で、内閣総理大臣が認定した適格消費者団体(*)が訴訟を提起できます。

この制度ができるまで、消費者被害に関しては被害者以外の人が裁判に訴えることは制度的に無理でしたが、適格消費者団体として認定を受けた団体であれば訴訟を提起できるようになりました。この制度を活用できる団体として、KC‘sは制度開始と同時に申請し、認定されました。

その後、KC‘sは損害賠償請求訴訟も提起できる特定適格消費者団体の認定も受けました。これは、消費者が、消費者団体の力を得て、実際の被害を回復できる仕組みで、これまで国内で数件の訴訟が起こされています。消費者に一方的に不利な契約条項や表示・勧誘等がなくなるよう、今後もさらに活発な取り組みが期待されているところです。

上掛 個人がこうむった被害を、そこにとどめないで「みんなの問題」として解決できるようになったのですね。

西島 まさにそうだと言えます。京都にも京都消費者契約ネットワーク(KCCN)という適格消費者団体があり、KC‘sは設立時から相互に協力・連帯しています。毎年開催している京都消費者問題セミナーも、KC‘sとKCCNは、京都府生協連や消費者団体等とともに連携して、主催しています。

KC‘sにせよ、KCCNにせよ、その立ち上げ時には生協とその関係者の大きな協力がありました。京都府生協連も、両団体の設立当初から加入しています。
私自身は、KC‘sの立ち上げから12年間、理事や事務局長として関わり、昨年3月に定年退職するまで事務局の仕事をしました。

*全国消費者団体連絡会:1956年に設立された消費者団体の全国的な連絡組織。
*適格消費者団体:消費者の利益を擁護するために差止請求権を行使するために必要な適性を有する消費者団体として内閣総理大臣の認定を受けた法人。全国に21団体。(2020年4月現在 消費者庁HPより)


  新しいツールも使って、さらなる連帯を

上掛 消費者運動に力を尽くしてこられた西島さんは、京都府生協連の会長として、どのような抱負をお持ちですか。

西島 連合会のいちばんの役割は連携と連帯を促進することだと思いますし、学ぶことも重要な柱のひとつですが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、人と人の接触が難しくなっています。 生協の大きな特徴は生協同士が垣根なく教え合うことができる点にあり、先進事例の取り組みを紹介するのが連合会の役割だと思いますが、それが難しくなっているわけで、いかに工夫して交流するかが課題となっています。
逆に言えば、情報交換や交流や連帯をいかに促進できるかが、コロナ禍を乗り越えるキーポイントではないかと考えています。

上掛 連帯と言えば、新型コロナで大学が休校して大学生協が困っていることと、地域生協が外出自粛の影響で注文が急増し人手不足になっていることが京都府生協連の会議で話題になり、それがきっかけで京都生協が大学生協の職員を受け入れることになりました。また、若い人に人気のカラーコンタクトレンズを通販で購入するのは目の健康によくないということで、大学生協と医療生協が提携して学生に安全なコンタクトレンズの情報提供をして、好評でした。

こうした会員生協間の取り組みは、情報交換に終わらずに具体的に助け合うことができたよい経験です。新聞でも一部報道されましたがあまり知られていないので、もっと積極的に発信していくと良いのではないでしょうか。

西島 コロナ禍でオンライン会議が広まりましたし、若い世代にSNSは欠かせませんので、そうしたツールも使いこなして情報交換を進めることも必要ですね。 事業だけでなく、組合員のくらしの工夫も交流できれば、よりお役に立てるのではないかと思っています。
最後に、これからどんなことをなさりたいですか。

上掛 「自由時間がたっぷりある人生」がまだ定まっていません。最近は「読書会」のことが気になっていて、退職前に始めた「ノルウェー読書会」(ノルウェー関連の本を少人数で読む会)などを今後も続けようと思います。それと、会長理事になってからあいさつのネタ探しも兼ねて、映画を観る習慣ができました。映画館で観る映画は特別ですし学べることも多いので、映画と読書(それとお酒)がこれからの人生の楽しみです(笑)。



写真撮影・有田知行


プロフィール:西島秀向 (にしじま ひでひさ)

略歴
1953年 京都 下鴨の生まれ
1979年 日本生活協同組合連合会入協、関西支所
1987年 同組織部(現 組合員活動部)に異動
1992年 全国消費者団体連絡会に出向
1996年 日本生活協同組合連合会関西地連に異動
2005年 消費者支援機構関西事務局長理事に就任
2017年 消費者支援機構関西事務局長理事を退任
2019年 日本生活協同組合連合会を退職
長岡京市在住