「京都の生協」No.44 2001年12月発行 この号の目次・表紙

ネットワークナウ 座談会
「地場産を食べる」――
それが自然で、豊かで、人間らしい暮らし

21世紀 にはばたく京都の生協
 お金ではなく作物を通して、農家と食べる人がつながっている―そんな世界がほんの数十年前の日本にはあった。そこにはその気候風土に合った伝統野菜があり、惣菜や郷土料理の素材として、暮らしのなかに根づいていた。やがて大量生産・大量消費時代の到来とともに、生産者と消費者の間が遠のき、伝統野菜のほとんどが姿を消していった。反面、特定の産品が「ブランド品」になり、高値で流通するという現象も起きている。この事態を憂い、「人間は動物としての分限をわきまえ、四里四方の食べ物を食べるのが理にかなった生き方」と話す村田さんは、人や社会のあり方にも透徹したまなざしを向ける。

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「京野菜だけが伝統野菜ではない」
村田  実はうちの若女将も生協の組合員なんですよ(笑)。
末川  まあ、それはどうもありがとうございます(笑)。村田さんといえば、ご本業の料亭で腕をふるわれる一方、テレビなどを通じて私たちに食生活の知恵や技を伝えてくださり、お茶の間ではすっかりおなじみです。きょうは、生協が特にかなめとして取り組んでいる「食」の問題について、村田さんのお考えをお伺いしたいと思います。さっそくですが、昨今の「食」をめぐる環境をどのようにご覧になっていますか。
村田  日本はこれだけ南北に長い列島やのに、大根は北海道から九州の端まで「青首」一色でしょ。あれ、おかしいと思うんです。ぼくら京都の料理屋の若手の会は15年ぐらい前に「復活させよう 京の伝統野菜」という運動を起こしました。昔ながらの野菜をもういっぺん京都の食卓に上らせたかったし、そうしたら、たとえば東京では「練馬大根」や「深川ネギ」が復活してくれるやろうと思うたんです。それぞれの地方で、そこにいちばん適した野菜が復活して、郷土料理が豊かになったらいいなと、ぼくらは思った。ところが、それが妙なブームになって、関東から京野菜の買い付け人が来て、有名デパートの地下やスーパーに「京野菜コーナー」ができ、ブランドになってしもたんです。
末川  たしかに東京のデパートの京野菜はびっくりするほど高値ですね。
村田  丹波は狭い地域やから、日本中のお菓子に入れるほど「丹波大納言」はできひんはずやのに、和菓子のあんは全部「丹波大納言」と書いてあるし、賀茂ナスの生産農家は上賀茂に4軒あるだけで、最盛期の出荷量は200個ぐらいやのに、あれほどたくさんの賀茂ナスが出回り、しかも薄紙に包まれたりして1個1,000円ぐらいで流通しています。豚肉はみんな「黒豚」になり、鶏肉は「地鶏」になってしまいました。何か変です。

もったいない!
末川  一度ブームになってしまうと、イメージがつくられて、消費者はそれに振り回されてしまうんですね。
村田  ちょっと考えたら「変やなぁ」とわかることが、これほど堂々とまかり通る。それは、ひとつは農業生産者と消費者の関係が疎遠になって、食べ物がお金の問題になっているからやと思います。昔は生産者の顔が見えていたから「あんだけ苦労して作らはったんやから、これぐらいはお支払いせんと具合悪いのとちがうか」と言うてました。お金だけの関係ではなかったんですね。
末川  「作ってくれはって、おおきに」という気持ちですね。
村田  そうです。ぼくらが子どものときは「ひとくちぐらいのご飯を男の子が残して、何してるんや。食べときなさい!」と言われたし、米粒を落とすと「そんなことしてたら、ばちが当たるで!冥加が悪い」(末川「なつかしい言葉ですね」)と言われて、拾って食べました。
 人間は他者の生命を奪ってしか生きることができない、業(ごう)の深い生き物です。鯛は海のなかを泳いでいるときは食材ではなく動物で、それはお金では贖(あがな)えない命です。人間はそれを食べて生きるしかない、そやから粗末にしたらあかん。野菜も同じです。それをお金に換算したら何円になるか、なんて話やない。「ものを粗末にしたらもったいない」ということです。そやから、昔の、朝起きて日輪を拝み、八方拝をして…というようなおじいさんは、決してものをお金に換算しなかったし、お金がない人をバカにすることもなかった。
 京都にはまだそういうところがあって、「あの人は偉い。あの仕事は社会的には意義があるけど、お金にはならへん。そやけど一生懸命やって、人の尊敬を集めたはる」と言われる人がぎょうさんいはりますよ。特に伝統産業については「そんなにお金にはならへんけど、あの人の仕事はすごいで」という価値観があります。経済を優先して、そんな考え方や精神性が薄れた結果、いまの人たちは何をどう考え判断したらいいのかがわかりにくくなっている。そこに新しい悩みがあるように思います。

冬のトマトやキュウリが「自然」?
末川  私は戦争中の食べるものがない時代を経験しましたので、食べ物を粗末にはできません。でも、高度経済成長期以降、生産や流通のシステムが変わり、「王様だ」と持ち上げられた消費者は、物事を見る目をなくしてしまったように思います。たとえば、私たちはもともと季節に合わせて生活し、食べてきたはずなのに、生協でもいまは組合員の要望もつよくてキュウリやトマトを年中扱っているというのが現実です。
村田  トマトやキュウリを冬でも食べられることが、はたしてそれほど豊かなのか、それを考えないといけませんね。ぼくは学生時代フランスにいましたが、この季節、どの市場を探してもグリーンアスパラなんて売っていませんよ。春になってようやく出てくるグリーンアスパラを見て、フランス人は「春が来た」と喜び、めぐりくる季節を楽しむわけです。日本ほど四季がはっきりしている国はないのに、そこに住む人たち自身がそれを無視して暮らしている。それって、ほんまに豊かな生き方なんでしょうかね?
末川  自然のリズムから外れたところで「生産」と「食」が動き、消費者はそれにのっているといえるのかもしれませんね。
村田  ひとつは、流通の都合で動いていることが問題やと思います。種をまく時期をずらして出荷調整をしつつ、産地からJAに集め、それを中央に運んで、小売業者・消費者にばらまくというシステムですから、それに合わせて動いている。キュウリにしても、昔は白キュウリや黒イボのキュウリがあって、キュウリもみにするものやら、お漬物にするのやら使い分けていたのに、いまはまっすぐで完全に苦みを抜かれた一種類だけ。色とツヤと形ばかり気にしている。「野菜は自然だ」と言いますが、東京の青果市場で味まで決められて、トマトなんて酸度から糖度までみんな調整されて、完熟ばかりで、輸送に適するように皮は1.5倍に厚くして…。もう化学製品に近いですよ。

ほんとうにおいしいの?決めるのは自分の舌
末川  「食」に関する情報が、あるようで、実は不足しているのかもしれませんね。ブームに踊らされるのもそこに原因があるような気がします。生協は情報については一定の基準を設け、かなり気をつけて、わかるようにしていますが、それでも店舗に並ぶときは産地表示と、産直の場合生産者のお名前と写真ですね。よほど特色のある栽培方法ならそれを表示します。スーパーでは値段と産地しかわかりません。
村田  だから消費者は値段で判断するし、そこに付け入り、わざとブームをつくる連中もいる(笑)。消費者はそれを受けて、「グルメブーム」と言っては騒ぎ、「黒豚」や「地鶏」というだけで、それを「おいしい」と思い込み、2倍も3倍も高い金を払って買い込む。そのうち、だんだんと肝心なことを忘れていくんです。肝心なのは、年老いた両親や幼い子どもたちに、いったいどんなものを食べさせるべきかということ。そこから、何が体に良くて、何がほんまにおいしいのいかということを考えてみる。そしたら、「なんで京都にいて魚沼のお米を食べなあかんのやろ?」「なんでフランスのエビアン水を飲まなあかんのやろ?」という疑問が出てくるはずです。
末川

 遠くから運ぶと、自然環境に負荷がかかるし、コストも高くつくし、痛みを防ぐために収穫後に農薬を使うことにもなって、とても不自然ですね。

村田  人間が1日に往復できる範囲は、せいぜい四里四方。その範囲の土地で穫れるものを食べ、その土地から湧き出る水を飲むのが、人間という動物にはいちばん自然で、理にかなっている。「料理」という言葉もそこから来ているんですよ。「理(ことわり)を料(はかり定める)」のが料理。そやから、魚沼のお米をフランス産のミネラルウォーターで炊いたり、日本で穫れたお米でつくったおむすびに、南太平洋の塩をしたところで、それは理(ことわり)を料り定めたことになりません。おいしくもないはずです。「おいしさ」を感じる味覚は、人間に備わった自己防衛機能のひとつなんです。「おいしい」と感じるものを食べ、そうでないものを食べないことで、人間は自分の体を守ってきた。いま生きている人たちはみんな優れた味覚の持ち主なのですから、その感覚に素朴に従えばいいんです。
末川  地場のものを食べることは理にかなっているんですね。新農業基本法でも「都市と農村の交流」や「地産地消」がうたわれています。
村田  遠くで作られたブランド野菜でなくても、近所のおばさんが育てた野菜を「こっちのほうがおいしいわ」と思えば、そっちを買えばいいんです。それを「これはブランドやから」とか「みんなが魚沼のお米はおいしいと言うから」「この水はミネラルが多いから」と考えるから、ややこしくなる。水のミネラル分なんて米ひとつぶ分にも足りない。それを水まで摂る必要がどこにありますか。
末川  「理屈」が多すぎるんですね。
村田  そう。ただの「豚肉」より「黒豚」と書いてあったほうが「おいしそう」とか「黒豚だからおいしい!」とかね(笑)。でも、ぼくが料理人として言えるのは「自分の舌を信じなさい」ということ。いくら「有名な○○産の○○」と言われても、自分の舌で同じやと感じたら、安いほうを買うたらいいんです。
末川  その方が農家のみなさんにとっても自然で、いいですね。
村田  そう思います。昔、京都には「振り売り」がぎょうさんいはりました。リヤカー引いて、玄関をがらがらと開けて「八百屋です。どうどす」と声かけて、近所の奥さんがみんな出てきて、にぎやかに話しながら買うてました。いまでも鷹峰の樋口さんのお母さんやらは振り売りしたはりますけど、あの関係が大事でしょうね。
末川  私の家は岡崎ですが、いまも山科から来てはります。
村田  振り売りは、いまでは京都独特らしいですね。大都市で残っていること自体、珍しいことやと思います。ヨーロッパでは、市場で値切ると、「このルッコラはおれの知ってる○○が作ったんや。値切るんやったら買うな」と言いますよ。売り手を介して、生産者と消費者がつながり、お互いの関係がしっかりできているんですね。それがなく、顔も見えないのに、値段だけが決まってる流通なんて、おかしいですよ。
末川  生協は、生産者のみなさんとの「顔の見える関係」を大事にしようと、産直に取り組み、組合員が産地で農業を体験させてもらうなど、交流にも積極的に取り組んでいます。そういう活動に「食」と「農」のひずみを修復する力はあるとお考えになりますか。
村田  それは大事なことやと思います。先日、農業後継者の若者たちと話したんですよ。JA幹部や政府が「農家の収量を上げて、収入を増やし、働く時間を減らしたら、農家の後継ぎに嫁さんが来るやろ」と言うから、青年たちに「君ら、ほんまにそう思うのか」と聞くと、「そんなことない」と言うんです。彼らは金儲けをしたいわけでも、8時間労働をしたいわけでもない。よりおいしく、人に喜ばれる作物を作りたいし、そのためなら朝早くから夜中まで働いても、全然大丈夫なんです。消費者としっかり結び合い、消費者に喜ばれるものを作ろうと生き生きと働く農業青年は、きっと魅力的ですよ。結婚相手だって、放っておいても出てくる。でも、農薬をまく日から肥料の質から出荷の日までJAに決められるような農業では、「日本の食を支えている」という生産者としての誇りを踏みにじることになると思います。

知ること、考えること、あきらめないこと
末川  生産者のみなさんも苦しんでおられるし、消費者も選択肢がたくさんあるようで、実は肝心なことが見えていない。どうしたらいいとお思いですか。
村田  正確な情報を得たうえで、どんなに人間にとって不自然で、どんなに地球環境が悪くなっても、「一年中、世界中の食べ物を自由に食べたい」と望むのなら、それはそれでいいと思います。問題は、それを判断できるだけの情報を、みんなはちゃんと持っているのか、そのうえで自分の頭で判断しているのかということ。それがいちばん肝心やと思うんです。どんな世の中をつくりたいかは国民が決めることであって、政府に決めてもらうことではない。何を食べたいかは消費者が決めることで、政府が決めることではない。肝心な情報が出されずに、何か大きな力で操作され、決められていくとしたら、それは日本が戦争に向かっていった時期に、戦艦に突っ込んで死ぬのが正義やとされたのと同じことですよ。ぼくが怖いと思うのは、物事を根本で考えないことです。
末川  考えるきっかけ、「食」をめぐる環境をどうやってつくっていくかですね。やはり「地域」にこだわって、作る者といただく者がつながり合い、共感を持って、一緒に進んでいくことでしょうか。
村田  そう思います。ぼくは動物としての人間を信じています。愚鈍だけど、必ず正しい方向に戻るだけの、生命体としての力があると思う。時間はかかるけれど、「みんなでちゃんと考えようや」と言い続けたら、いつかはそれが多数派になります。「何かおかしいで」と思う人が一定以上になると、急に大きな動きになる。雪だるまの芯が、最初はなかなか転がらへんけど、いったん転がりだすと、とてつもなく大きくなっていくのと同じです。その芯をつくらなあきません。その芯になってもらいたいし、なり得るのが生協やろなあと思います。
末川  生協は、たしかに数の面では大きくなりました。でも、立ち止まって考える必要があるのではないか、とも思います。
村田  ひとりでも複数でも、小さくても大きくても、真理はひとつです。生協の目的は、組織を大きくすることでも、収益を多く上げることでもなかったはずでしょ。生協の本来の目的とは何ぞやということを、生協の組合員や職員が確実に把握することが必要やと思いますよ。どんなに大きくなっても、掲げた理想を下ろさず、それをめざし続けることのできる組織が、真に強いんやないでしょうか。期待しています。
末川  お話を伺いながら私自身、生協運動の原点を思い返すことができました。ありがとうございました。今後ともどうかよろしくお願いいたします。



出席者プロフィール
村田吉弘
(むらた・よしひろ)
1951年
昭和26年12月15日、京料理「菊乃井」長男として生まれる
1973年 
立命館大学在学中、半年間フランス料理の研究に行く
1993年 
京都料理芽生会(京料理組合青年部)の副会長に就任
平成5年12月19日、株式会社菊乃井の社長に就任  
著書「日本料理の探究」を柴田書店、
著書「京料理の福袋」を朝日出版から出版
2000年 
全国料理芽生会の三役(会計)に就任  
京都東山料理飲食業組合 理事に就任
2001年 
京都料理芽生会、会長に就任

〔レギュラー出演番組〕
・NHK「きょうの料理」
・フジテレビ「郁恵・井森のテリ×テリキッチン!」
末川千穂子
(すえかわ・ちほこ)
1986年5月
京都生協理事に就任

1991年5月
京都生協副理事長に就任

1996年5月
京都生協理事長に就任

現在)
京都府生協連副会長

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