「京都の生協」No.50 2004年1月発行 この号の目次・表紙

京都の「食」、文化 ―    信用を築いていくために

 ラザニアやグラタン、マーボー生麸にフレンチトースト、ハンバーグのつなぎ等々―。かつて寺や宮中だけで食べられていた“麸”が、このごろ、新しい顔で家庭の食卓に登場し始めた。
 伝統を守るということ、京都の文化、そして“麸”―。玉置万美さんは元禄二年創業の「半兵衛麸」をフィールドに、毎日そんなことを考えている。

 
半兵衛麩 玉置 万美さん   京都府生活協同組合連合会副会長
(京都生協理事長)
 小林智子さん


絶えず新しいものを取り入れて300年
小林  はじめまして。実は、私の娘が先日、結婚式を挙げまして、そのお礼の品に半兵衛麸をお贈りしたというんです。遠くからご出席いただいた方に何か京都らしいものをと、娘たち自身が選んだようで、とても喜んでいただいたと聞きました。   
玉置  それはありがとうございます。なによりうれしいお話です(笑)。  
小林  それに私自身、ここはとても懐かしいお店なんですよ。十数年前に京都生協の組合員活動で半兵衛麸さんの見学会を企画して、まだ一組合員だった私も参加しました。
 そのとき初めて麸のつくり方を拝見したのですが、小麦と水を練るという、とてもシンプルな作業からさまざまな麸が生まれてきて、とても不思議でした。  
玉置  そうでしたか。生協のみなさんとは、すいぶん長いお付き合いになりますね。  
小林  万美さんは、二年前に半兵衛麸の専務取締役となられ、300年以上の歴史を引き継がれましたが、どんなお気持ちですか。
玉置  単に“伝統”を引き継ぐだけでは、「博物館」になりそうな気がしますので、精神などはしっかり守りつつ、新しいものを取り入れて、その時代に合ったお商売をしなければと思っています。だから、あまり“伝統”を意識せず、たまたま私が選んだ仕事が麸屋さんだったというふうに考えるようにしています。
小林  万美さんのお父さまの十一代目半兵衛さんのご本を拝見すると、「『老舗』は『老いた店舗』と書くが古いのはアカン。新しい店でなければだめだ」とお書きになっていますし、以前、この対談でお目にかかった池坊由紀さんも「生花は、時代のくらしとともに絶えず変わってきたからこそ、何百年も続いてきた」とおっしゃいました。なるほど、伝統とはそういうものなのかと、あらためて感じますね。

マーボー生麸?焼き麸のフレンチトースト?
小林  お麸は、そもそもお寺に伝わったそうですね。
玉置  ええ。室町時代に、修行僧をはじめとする方たちが精進料理のひとつとして、中国から日本に持ち帰られたんですね。ですから長い間、お寺のなかだけで育まれてきました。
 それと、御所の式典でも使われましたね。初代半兵衛は御所の台所で働いていて、そこで麸を教わったようです。そんなご縁で、いまも「手まり麸」や「もみじ麸」を宮内庁にお納めしています。
 麸は、長い間、お寺や御所のなかだけで供されてきたのですが、やがて法要の料理にも出されるようになって、庶民に広がり、京都の本山で修行されたお坊さんたちが地方に帰られた際にも広がっていきました。ですから、小京都といわれる地方には麸があります。
小林  明治期以前は、挽き割り粉が原料だったそうですが、そのころのお麸はどんなものだったんですか。
玉置  挽き割りの小麦粉は、水で練ってもあまり粘度が出ないので、焼いていたんですね。ザラザラの挽き割り粉を焼いて、それにお味噌を塗って、けしの実をかけて、くるくると巻いたもので、「麸の焼き」と呼ばれ、千利休のお茶会などに使われていたようです。現在の「松風」というお菓子に少し似ているかもしれません。
 昔は、どちらかというとお薬のように使われていたようで、元禄時代に出版された薬の本『食物和解大成』にも出てきます。
小林  一般の家庭で食べられるようになったのはいつごろなのでしょう。
玉置  お味噌汁に入れる焼き麸は早くから食卓にのぼっていましたが、生麸は、流通システムが整ってからですから、ごく最近ですね。
小林  生麸は京料理につきもので、高級食材というイメージがあります。私は、生麸を冷凍庫に常備して、おつゆに入れたりしているのですが、そういうものがひとつ食卓に載っているだけで、とても贅沢な気分になります。
玉置  そうですか。私にとっては常に身近な食材ですから、冷蔵庫に麸しか入っていなければ、「しゃあない、これでも使うか…」という感じです(笑)。わが家の食卓にはマーボー生麸やラザニア、焼き麸のフレンチトーストなどがしょっちゅう登場します(笑)。
小林  わが家のすき焼きにはもち麸が定番で入りますね。
玉置  ありがとうございます。この本店に茶房を設けたのも、麸のいろいろな食べ方をご紹介したかったからなんです。とくに生麸は、「お料理屋さんでいただくもので、家庭ではちょっと…」と思われがちなものですから、インターネットのホームページでも召し上がり方をご紹介しています。

100パーセントを心がける「おもてなしの心」
小林  万美さんは「おこしやす京都委員会」の幹事委員を務めておられますが、どんな活動をなさっているのですか。
玉置

 「おこしやす京都委員会」は、観光客をおもてなしする精神を京都市民が持ちましょう、という運動を推進している会で、「京都市民が」という点がミソです。また、京都の良さを地方の方に知っていただく活動もしています。
 「京都市民が」ということですから、観光業界の方だけではなく、一般公募に応募された主婦の方や洋服屋さんなど100人の委員が、部会ごとにさまざまなプロジェクトに取り組んでいます。来年は新撰組が大河ドラマになりますので、新撰組をテーマにした観光を考えているんですよ。

小林  万美さんはどんな活動を?
玉置

 一期目は「界隈発掘」部会で、伏見界隈や嵐山、醍醐寺周辺などの新しい観光資源の発掘に取り組みました。いまは二期目で、ホームページを担当しています。
 委員には観光産業と無関係の方がたくさんいらして、ごくふつうの市民の方から「うちの近所にこんないいものがある。なぜ、これが観光スポットにならないのか」といったご意見が出たり、路地の奥にある「いいもの」を教えていただいたりしています。おもしろいですよ。

小林  いわゆる「京のお茶漬け」の話が一人歩きして、「京都人=意地が悪い」というイメージがありますね。
玉置  京都の人は、「おもてなしの心を大事にしよう。100パーセントのものをお出ししよう」という思いがあるのですが、それが逆に「敷居が高い」というイメージにつながっているのかもしれません。たとえば京都には仕出屋さんがたくさんありますが、これも「私がつくったものよりも、プロのお料理を召し上がっていただきたい」という気持ちがあるからなんですね。
小林  なるほど、そうだったんですか。
玉置  ですから私たち「おこしやす京都委員会」は、自然発生的に「おもてなしの心」が広がっていけばと思っています。
小林  ただ、京都のまちのなかはどんどん変わっていて、町家が壊れるとその跡にすぐマンションが建っていきます。
玉置  うちの前にもマンションが建っていますが、なぜ、そうなるかというと、結局、遺産相続の問題があるんですね。まちの景観が壊れるとわかっていても、マンションを建てざるをえない。そういう事情が背景にあるだけに、なかなかむずかしいですね。
 でも、いまはどこでも「歩く観光」が注目されています。京都でそれをするには、まず路地を守らないといけませんね。

高校生に伝える“京都の文化”
小林  万美さんは、高校生の体験授業も引き受けておられるそうですね。
玉置

 京都女子学園の高校三年の選択科目に「京都学」という講座があって、その先生から声をかけていただきました。

小林

 授業はこの本店でされているんですか?

玉置  ええ、30人ぐらいですので、ここに来ていただいています。ごらんのとおり、襖や畳がある、古いだけが取り柄のような家ですが、でも、この家を残していこうと思ったら、畳を張り替えてくれる職人さんや表具師さんが必要ですし、京麸を商う私どもが生きていくためには料理屋さんが必要で、料理屋さんを維持していくには畳屋さんが必要です。つまり、この家そのものが京都の文化によって成り立っているようなものなんです。
小林  本当にそうですね。同じ話でも、こんなすばらしい町家で聞けば、実感をもって受けとめられるでしょうね。生徒さんの反応はいかがですか。
玉置

 私語もなく熱心に聞いてくださって、「前は建築の仕事について、かわいらしい家を建てようと思っていたけど、気持ちが変わりました」とか、大阪から通ってらっしゃる生徒さんから「ますます京都が好きになりました」といった感想をいただいています。
 「体験授業をお引き受けしてよかったなあ」としみじみ思っています。 


「食」への信用を築くために
小林  「食の安全」をめぐって多くの問題が起こり、私たちは、安心して食べるための「信頼」や「信用」ということがいかに大事かをあらためて感じています。
 半兵衛麸には「先義後利」(せんぎこうり=義を先んじて利は後とする)の家訓があるとうかがっていますが、長く商売を続けられるなかでは、目先の利益にとらわれずに「信用」というものを大事にしてこられたのでしょうね。
玉置  お商売に限らず、人と人とのお付き合いも、顔を見て話をして、相手の方を信用できたら、お願いもできますし、お役に立ちたいとも思いますし、一緒に何かをしたいとも思うものではないでしょうか。  それに、信用していただこうと思ったら、まず自分のできることをきちんとやって、だますことがないようにしなければならないと思います。
 でも、そうやって築いた信用も、失うのは一瞬なんですね。
小林  本当にそうです。営々として築いても、一瞬にして崩れるのが信用です。
玉置  ですから、一瞬たりとも手が抜けません。
小林  そういう気持ちを、経営幹部だけではなく従業員全員に持ってもらうのはたいへんです。
玉置  半兵衛麩には約140人の人たちが働いていますが、全員の方と毎日お話しするのはむずかしいので、私が専務になってからは月一回、『半兵衛だより』を出して、「こんなことを思って仕事をしましょう」ということを伝えるようにしました。父はお給料袋にひとことメッセージを入れていたみたいですが、私はひとことでは言えなくて(笑)。
小林  毎月というのはたいへんでしょう? 私も組合員さん向けの広報誌で月一回、コラムを書いているのですが、それだけでもう、たいへん(笑)。
玉置  私の場合はA3判の紙面をひとりで埋めないといけないんですよ(笑)。でも、私が勝手に始めたものですから、続けられる限りがんばろうと思っています。
 従業員のみなさんには、「あなたがお客さまだったら、どんなところでつくってほしいと思う? 販売部門の人なら、どんな人に接客してほしい? それを考えてみて」という話をしています。
 「自分が客なら、やっぱりここはきちんと掃除してほしいやろなあ」―そういう視線で自分の仕事を見つめていけば、たぶん間違いないと思います。
小林  まったくそのとおりですね。生協の場合、組合員のみなさんは「お客さん」であると同時に「オーナー」ですから、ご意見をたくさん言ってくださいます。きびしいご指摘も含めて、それこそが生協の財産であり、そういう声を受けとめる生協でなければならないと思っています。どうか今後ともよろしくお願いいたします。



写真撮影/有田知行


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