「京都の生協」No.56 2005年5月発行 この号の目次・表紙

安心してくらせる社会にむけて 〜消費者団体訴訟制度の実現へ
  消費者が泣き寝入りしないために

 契約や勧誘による消費者トラブルが急増し、悪徳商法も手をかえ品をかえて、被害があとをたたない状況です。消費者が個人で裁判を起こすというのは、お金の面でも時間の面でも、また専門的な知識の面からいっても、たいへんむずかしいのが現状。多くの消費者が「泣き寝入り」をよぎなくされています。しかし、消費者にかわって消費者団体が裁判を起こせるようになれば、同じような被害の広がりをふせぎ、すでにトラブルにまきこまれてしまった人も、消費者団体のえた勝訴判決の効果を活用するなどして、より救済がうけやすくなります。2006年の通常国会に、「消費者団体訴訟制度」が上程される予定です。こうした制度の実現を見越して、いちはやく消費者の権利をまもる活動をすすめてきている、NPO法人京都消費者契約ネットワークの長尾治助理事長におはなしをうかがいました。

 
京都府生活協同組合連合会
会長理事 小林 智子
  NPO法人京都消費者契約ネットワーク
理事長 /弁護士 長尾 治助さん

“捨て金”だった「大学の授業料」も返還される!
小林  先生は民法、とくに消費者法がご専門とおうかがいしました。
長尾  はい、いつも「消費者の声がとどく裁判を」と願っています。
小林  私たち消費者としては心づよいかぎりです。いま、消費者被害がふえるなかで、「振り込め詐欺」が大問題になっています。一方で、この間、大学入試ですべりどめでうけて合格した大学について、入学しなかったさいの大学の入学金や授業料がこれまでは返還してもらえなかったのですが、いくつか裁判がおこなわれて、返還されるようになりましたよね。
長尾 いままでは、併願であれ、合格したら入学金や授業料を払わないと入学資格が取り消されたので、本命の大学に合格した人は、ほかの合格大学へ授業料をまさに「捨て金」として払っていたんですね。しかし、入学しない大学にお金を払うのはおかしいと、受験生や保護者のみなさんが各地で返還訴訟を起こされて、京都地裁は、「授業料だけではなく、入学金も返還しなさい」という判決を出しました。京都地裁以外は、「入学金は返す必要はないが、授業料は返しなさい」という傾向ですね。
小林  よく「保険料」とかいわれて、ほとんどの人が返ってくることをあきらめていたんですね。やっぱり、消費者が声をあげることが大切ですね。声をあげていくことで、おかしいなと思っていたことが変わっていくんですね。

消費者被害は個人の問題ではなく、社会の構造問題 〜公害問題が認識の転機に
小林  京都生協が、消費者被害の実態把握のために実施した組合員アンケート調査では、約2500人の回答のうち、半数が「消費者被害の問題を知っている」「身近な人が被害にあった」と答え、約150人が「自分自身・家族・知人が被害にあった」という結果でした。あまりの多さに驚きです。「消費者被害」という言葉は、ごく最近出てきたように思うのですが、ふりかえってみると、悪徳商法など被害じたいは昔からありましたね。
長尾  はい。ただ、大きな変化としては、公害問題、つまり食品公害や薬害などを契機に、こうした被害が、個人の問題というより社会の構造的な問題ではないかと考えられるようになりました。学問の対象としても、法律的な救済という点でも、なぜこうした被害がおこったのか、「被害」という側面から問題が認識されるようになりました。
 もちろん、それ以前にも、「一人ひとりの命はかえがたい価値をもっている。人の生命・身体は企業利益よりも優先されねばならない」という認識は存在しましたが、問題を組織的・社会的なものとしてとらえようという考え方がすすみだしたのは、やはり公害問題が契機になっていると思います。だから、自動車についても、「便利なだけではなく、走る凶器でもあるのだから、その危険性を未然に防がねばならない」という認識がでてきたわけです。
小林  消費者被害といっても、その内容だけでなく、それをどのように考えるかということも、時代によって違うんですね。
長尾  各時代の特徴を反映しますね。高齢社会では高齢者の被害というかたちであらわれ、IT化がすすめばIT関連被害というかたちであらわれ、契約優先社会になれば「契約」ということをめぐってさまざまな問題が生じてきます。いまは、だれもがIT産業であっても、あるいは有料老人ホームということであっても、事業者と「契約」という問題のかかわりなしでは生活できない状況ですから、その事業者とのあいだでかたちづくる社会関係が安心できるものでありたいと願うのは、人として当然のことです。

“後追い”対応であった消費者関連法の整備
小林  被害が時代の特徴を反映するとすれば、消費者の権利をまもるための法律がどのようなかたちで反映・整備されてきたのでしょうか。
長尾  おっしゃるとおりで、その典型が割賦販売法の改正だろうと思います。冷蔵庫やテレビが普及しはじめると、こういった耐久消費財は高価ですから、一度に支払うには負担が重いし、事業者も消費者の負担を重くさせないかたちで恒久的に代金を回収したい。そこで割賦販売となるのですが、代金は信販会社の立替払いというかたちをとることがあるので、商品が故障しても、それとは無関係に代金の請求が信販会社からきてトラブルになる、ということが多発するようになったんです。
 はじめは、信販会社にたいして、「そういう場合は請求をストップしなければならない」「消費者がクーリングオフを使ったら請求できない」という事項を約款で定めるように行政指導がされたのですが、約款でのコントロールもきかなくなり、消費者センターなど関係者が働きかけた結果、割賦販売法が改正され、「消費者は、売り主に対する『故障だから代金は払わない』という主張を、信販会社にたいしてもできる」という条文ができました。
小林  ローンをくんで物を買うというクレジット社会の発展にともなって、被害も出るし、それにあわせて法律も変わってきたのですね。
長尾  被害が多発しはじめると、行政も消費者の声を聞かざるをえなくなって、後追い的に法律を改正するんです。欧米は、「基本法」ではなく、「裁判で争った被害者は守られる」と具体的に権利を定めるかたちでスタートしますが、日本では教育でも消費者問題でも、とにかく「基本法」というかたちにして、そのなかで「国(あるいは地方自治体、事業者、消費者)は…努めなければならない」と宣言するにとどめているのが特徴なんです。
 しかも、その基本法をうけて動くのは各行政官庁で、サラ金、証券の信用取引は旧大蔵省の貸金業等の担当係、割賦販売は旧通産省担当というように、縦割り行政の担当部局が、あくまでも経済の発展をにらみつつ、産業政策とのかかわりのなかで消費者被害の救済を考えてきました。
 だから、欠陥商品による事故がたくさん起きた後、ようやく製造物責任法(PL法)ができたように、どうしても後追い的になるんです。

消費者基本法をどう考えるか  ─ 消費者は「権利の担い手」に
小林  そのような経過のなかで、昨年、消費者保護基本法が消費者基本法に改正されました。このなかで、「消費者の権利」というものが明確に位置づけられましたね。 
長尾  「消費者の権利」については、ケネディ大統領が、「消費者の利益保護に関する教書」のなかで、「安全を求める権利、知らされる権利、選ぶ権利、意見が反映される権利を大統領の権限として保障する」とのべ、のちにフォード大統領が、「消費者教育を受ける権利」を加えて、「消費者の5つの権利」として一般に認識されるようになりました。
 そして、昨年に改定・成立した消費者基本法は、消費者を「保護の客体」ではなく、「権利の担い手」であるとし、「自立した消費者」を想定した条文に改正した点では、かなり前進がみられますし、「消費者にも団体訴権を」という内容も入っています。
 ただ、懸念するのは、企業経営者の人たちの考え方の底流には、「事業者にたいする公的規制を緩和しよう」という発想があるのではないかということです。
 たとえば、よく「消費者の自己責任」が強調されますね。もちろん、これはひとつの理念・理想ですが、現実に事業者と消費者とでは、情報・資金・交渉能力などに大きな格差があります。そういう状態で、「消費者の自己責任」を強調するのはだれかといえば、事業者なんです。裁判でも、事業者は、「私たちはちゃんと説明した。顧客が決断したんだから、顧客の自己責任だ」と主張するわけです。
小林  メーカーと消費者の条件の格差を、裁判所は考慮しないのですか。
長尾  あまり認識していないと思います。簡易裁判所レベルの裁判官が、そういう現実をふまえて消費者勝利の判決を出しても、控訴審でひっくりかえされる。そういう点は非常に残念です。最高裁で消費者に有利な判決が出ると、やっと下もそれにならう傾向がみられます。
小林  基本法ができたからといって、無条件に消費者の権利がまもられるわけではないんですね。
長尾  残念ながら、法律で明記されても、現実の判断となると、なかなかそうはいきません。しかし、個々の消費者が対応するのはむずかしいので、たとえば消費者にいちじるしく不利益をおよぼす契約条項や約款については、事前に消費者団体が交渉して直させたり、実際に被害が発生した場合の損害賠償請求については、消費者団体が団体訴権を行使できるように消費者契約法に明記したりする必要があります。少なくとも、「不合理な条項にたいして、裁判を起こして消費者側が勝ったら、同様の条項はほかのケースにもあてはまる」というかたちにしておけば、その後の被害は未然に予防できるでしょう。

NPO法人京都消費者契約ネットワークに期待される役割
小林  いま、日本でも、消費者団体訴訟制度をつくろうということで国も動いており、NPO法人京都消費者契約ネットワークの活動が注目されています。どのような活動をなさっているか、ご紹介いただけますでしょうか。 
長尾  私たちは、「事業者と消費者の社会関係は契約である」という点に着目して、人権救済や消費者の適正な利益の擁護はもちろん、契約被害を研究し、被害者の声を整理して、事業者に働きかけたり、不当な契約条項や不公正な勧誘行為の是正活動、消費者団体による団体訴権の早急な実現にむけた運動などをおこなっています。
小林  たとえば、特徴的な活動としては……。
長尾 賃貸借契約を終えるさい、家賃を滞納していないのに敷金が戻されないというトラブルがありましたが、このとき、私たちは「敷金110番」に取り組みました。あるいは、塾など教育サービス産業では、契約が長期にわたる場合が多く、中途解約時の払い戻しについて、事業者本位の契約条項が多いんですね。それで、私たちが契約条項をチェックして、業界団体に再考を申し入れたり、「当該不当条項を削除するよう、○○社をご指導ください」というかたちで業界団体に要請したりしています。
小林  実際に訂正された事例もあるんでしょうか。
長尾 あります。貸金業者が借り手に無断で債権を譲渡してしまうケースの場合、業者が定めた契約では、「借り手は異議が申し立てられない」とされていたので、「そんな条項は不当だ」と申し入れて、「検討する」という返事をもらいました。

学者・弁護士・司法書士・消費者相談員とごいっしょに
小林  消費者の自立性を確保し、消費者被害を救済するために、団体訴権制度は必要性をますだろうと思います。京都の生協としても、長尾先生はじめ、また消費者団体がいっしょになって、消費者契約にかかわる問題に熱心に取り組んでおられるみなさまがたにご協力させていただいて、消費者被害を少なくしていけたらと思っています。わたしども京都府生協連の理事会でも、昨今の消費者被害の状況と対策、こんごの消費者政策のあり方、生協にもとめられる課題などについて議論しながら、ことし、NPO法人京都消費者契約ネットワークへの加入を決めました。 
長尾  生協は消費者の協力・協同によって利益をまもろうという目的で結成されました。欧米では消費者協会など、事業組織ではない消費者団体が力をもち、活発に活動しているのにたいして、日本では生協をぬきに消費者運動や消費者団体については語れないという状況です。
 一方、日本の生協は、事業活動もなさっていますから、事業者性はぬぐいきれず、当然、団体訴権の担い手として適格なのかという議論もでてくるわけです。しかし、事業活動を直接していない連合会レベルであれば、団体訴権を行使する資格要件については問題ないでしょう。
 私個人としては、さきほどおはなししましたように、日本の消費者運動や消費者団体は、生協活動ぬきには考えられないので、そういう日本社会の特徴を考慮して、「連合会だけでなく、事業活動をしている生協そのものにも、団体訴権を行使する機会を認めてもいいのではないか」と考えています。
小林  生協のはたすべき役割が日本ではとくに大きいということで、しっかりうけとめていきたいと思います。 
長尾  生協の組合員さんは貴重な存在ですよ。現実に、いろんな集まりで消費者として発言なさっているし、最初におっしゃったアンケートも、たいへんな回収数だと思います。生協のみなさんには、今後もがんばっていただきたいですね。
小林  冒頭の入学金や授業料のはなしも、当初は「払わねばならないものだ」と思い込んでいたけれど、よく考えてみれば、不当で、実際に声をあげることで、社会通念を変えることができました。こんごも、消費者の声を代表できるように、学習もふくめてがんばっていきたいと思います。京都消費者契約ネットワークに講師をお願いすることもあるかと思いますし、京都府生協連もその一員として必要な役割をはたしていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。 
長尾  もちろん、喜んで協力させていただきます(笑)。
小林  こちらこそ、よろしくお願いいたします。

※消費者団体訴訟(団体訴権)制度
 一定の条件を満たす消費者団体にたいして、消費者全体の利益を擁護するために訴訟を提起する権利を認める制度。消費者団体が消費者に代わって事業者の行為を監視するという観点から、主として、不当な契約条項や不適正な表示・勧誘行為の差止めを請求する訴訟について検討されている。差止め請求訴訟は、被害が発生・拡大する前に不当な契約条項の使用や不適正な表示・勧誘行為を是正させることによって、消費者被害の予防や拡大防止を目的とするものである。このほか、少額多数被害への対応のために、消費者の損害賠償について消費者団体が関与する制度の創設を求める声も強く、検討課題となっている。(日本生協連・用語解説から)

NPO法人京都消費者契約ネットワークは
 1998年11月に消費者契約法の早期制定をめざして京都で発足。2002年にNPO法人として設立されました。現在、会員数は、個人会員が98名、団体会員が3団体です。京都府生協連は、NPO法人コンシューマーズ京都とともに団体会員になっています。弁護士、司法書士、学者、消費生活相談員(有資格者ふくむ)、消費者団体の役員・構成員、学生、消費者被害を受けた被害者などで構成されています。理事長が今回ご登場いただいた立命館大名誉教授・弁護士の長尾先生で、理事には弁護士2名、司法書士1名、有資格者2名、消費者団体役員1名、監事には有資格者という役員構成になっています。
 2006年にも立法化される消費者団体訴訟制度をにらんで、事業者による不当な契約条項の使用や勧誘行為の差し止めを申し入れる活動をおこなっているほか、消費者問題において各種の提言や意見を表明する活動、シンポジウムの開催などの活動をおこなっています。

長尾先生の経歴 
 1932年生まれ。早稲田大学大学院で民法を専攻する。文部省内地研究員として東京大学で契約法を、在外研究員としてロンドン大学で消費法を研究する。立命館大学へは1976年から1997年まで在職し、民法と消費者法を担当する。おもな著書として、『消費者私法の原理』(有斐閣)などがある。現在は、立命館大学名誉教授、弁護士。

写真撮影/ 有田知行

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