「京都の生協」No.57 2005年9月発行 この号の目次・表紙

「ほんものの京の味」に「良心」をつつんで
  ―京都の食文化を支える食品づくり―

 野村さんの実家は、1931(昭和6)年、京都の錦通りにはじめて開店したお惣菜屋さん。室町のおかみさんたちは、番頭さんはじめ従業員の食事にと、テイクアウトのお惣菜を買いもとめ、店は繁盛したそうです。「わたしは、母の背中で、天ぷらのにおいをかぎながら育った、根っからの惣菜屋。これはわたしの誇りやと思うてます」と笑う野村さんは、京都府食品産業協議会会長として、また、「京都府食の安心・安全政策検討会」「京都府食の安心・安全推進条例専門部会」の委員としてご活躍中です。

 
京都府生活協同組合連合会
会長理事 小林 智子
  京都府食品産業協議会
会長 野村 善彦さん

「ほんものの京の味」を「京ブランド食品」に
小林  野村さんとは、京都府の「食の安心・安全政策検討会」や「条例専門部会」の委員としてごいっしょする機会が多くて、いつもお世話になっています(笑)。
京ブランド
認定食品の
マーク
野村  いえ、こちらこそ。おたがいたいへんですね(笑)。
小林  ほんとうに責任重大です。ところで、野村さんが会長をなさっている京都府食品産業協議会(以下、協議会)は、加工食品関係の組合が集まっておられるんですね。
野村

 はい、わたしどもの協議会は、漬け物や豆腐、京菓子、惣菜など33団体(約1500社)で構成しています。ですから、京都の加工食品業界のほとんどを網羅しているといえるのではないでしょうか。昨年、創立30周年を迎えましたが、2年前に会長職についたときは、「これは責任重大だ」と思いました。

小林  最近、「京ブランド食品」といって、丸い赤いマークがついたお漬け物やだし巻きを見かけます。これは、私も「京ブランド食品」の認定委員になっているんですが、どんな経過で協議会が取り組みをはじめられたんですか。
野村  数年前から「京○○」とか「京風○○」といった商品が目立つようになりまして…。「京○○」というとなんとなく高級なイメージがあって、付加価値がつくのですが、中身は本物とは似ても似つかぬものが多いんですね。そこで、「これはいかん。『ほんまもん』の京都の味をお客さんに食べてもらえるしくみを、私らの責任でつくろうやないか」ということで、あつかう製品も歴史も違う各組合が協力して、協議会の事業としてはじめたんです。
小林  京野菜も、いったん人気が出はじめると、他府県産がどんどん出まわるようになりました。
野村  現在の京都の食品は、京都の気候風土や、お客さんの舌を通したきびしい批評と、それをうけてきたえぬいた職人の技術があわさって、みがきあげられてきた食文化の成果です。その伝統を守りつつ品質を向上させることをとおして、他府県産との差異化をはかり、本物の京の味を提供しようという事業ですから、各組合ごとにきびしい製造・品質基準を設定して、審査・認定しています。いわば業界による品質保証のようなもので、国内ではそれほど多くないシステムだろうと自負しています。

「正直」に徹し、「良心」を「商品」につつむ
小林  「京ブランド食品“効果”」のようなものはあらわれていますか。
野村  今回、創業600年という京都を代表するお菓子屋さんも参加してくれました。私はつねづね、ブランドには3つの効用があると思っているんです。一つは、「ブランドにふさわしい商品をつくらないかん」と自分を律することが、自分自身の向上につながる。二つめは、そのお店の品質を守り発展させていく、その行動規範がしっかりとしていることです。そのお店の経営姿勢というのでしょうか。その姿勢がお客さんに支持されますとそのブランドは信頼のあかしとなります。三つめは、ブランドがその商品をとおしてつくった人の思いを語りかけることで、お客さんと対話ができるようになります。本来なら、お客さんに説明をしなければならないことをブランドがおこなってくれるわけです。
 たとえば原料代が上がっても、それを売価に転嫁する代わりに、自分の身を削る。ブランドを守るために、絶対に品質を落とさない。不作のときは、生産量を落としてでも品質を守る。つまり、自分の店の商品にたいする価値判断の基準をきちんともち、正直に徹し、つくり手の良心を守ってきたわけです。つまり、「良心」を「商品」につつんでお客さんにお渡ししてきたんですね。これが京都の伝統食品をささえてきた哲学だと思います。
小林  なぜ、そのような哲学が生まれたのでしょうか。
野村  やはり、京都の文化の最大の特徴である「おもてなし」の気持ちではないでしょうか。京都の人は、お客さんに喜んでいただくという目標にむかって、どうすればよいのか、ということを自分に問いかけて、自分を磨きあげていきます。そやから、観光客として来た人には、京都の人はとても親切にしてくれるけれども、いったん嫁として京都の家に入ったら、封建的とさえ思えるほどきびしいしつけが待っているんです。私の家内も、大阪出身ですので、結婚するときは友人たちからずいぶん心配されたようですよ(笑)。

京の伝統食品を支える「職人の技」
小林  「味の匠 京のフードマイスター制度」という事業もなさっていますね。
野村  ひとくちでいえば優秀な職人を表彰する制度です。京都の伝統食品を製造現場でささえているのは職人で、たとえば湯葉は、大豆の品種ごとにタンパク質の成分もちがうし、その日の湿度や天候なども考えながら、湯葉を引き上げるタイミングを見きわめねばなりません。そうしてはじめて、年中、一定の品質を保つのですから、まさに「職人の技」そのものです。
 しかも、冬は凍てつくような寒さ、夏はサウナのような暑さのなかで、毎日黙々と作業をするんです。私も佃煮・惣菜屋で育ちましたが、真夏の煮炊き場は40度をこえる暑さで、夕方、外に出ると、京都独特のあの蒸し暑ささえ涼しく感じられるほどでした。
 これほどたいへんななかで京都の伝統食品をささえているのに、職人さんは社会的に認知されるという立場に恵まれず、スポットがあたることもありませんでした。卓越した技能者を表彰する「現代の名工」も、食品界で対象となるのはたいていオヤジさん(経営者)で、職人には日があたりません。そこで、実際に作業している職人さん本人に「一生懸命にやってきてよかった」と喜んでもらい、次につづく若い人たちの励みにもなるようにと、表彰することにしたんです。
小林  実際、経営者の方は表彰されないそうですね。
野村  従業員5人以上の事業所のオヤジさん(経営者)は対象外で、フードマイスターは2004年度から制度をつくり、第1号として5人を認証しました。
 これからは大量生産よりも手づくりの微妙な味が見直される時代でしょうし、それは京都のモノづくりの特徴でもあるわけですから、伝統食品づくりの活性化をめざす「京のブランド食品」と職人の技を大事にする「京のフードマイスター制度」を両輪のようにして取り組んでいきたいですね。  

「いい材料にはお金をかけろ。手間は惜しむな」
小林  「おもてなしの文化」とともに、京都にくらす人びとの日常の食生活や食文化も大事ですね。
野村  もちろんです。京都の人の舌が、京都の味を育ててきたんですから。昔は、祭事やお客さんがみえたとき、どの店の料理を使うか、どの店のお菓子をお出しするか、各家ごとに決まっていましたが、いまはそれがくずれてしまいました。これは、観光客にばかり目をむけて、地元の方がたに奉仕してこなかった私ども業者の怠慢も原因です。暴利をむさぼらず、いいモノをつくりつづけている老舗は、地元の人にささえられて、商売も長つづきしていますから、そういうつながりをきちんときずいていく努力は必要だと思いますね。
小林  おばんざいも、季節の食材を簡単な調理法で味わうという、とても合理的な精神にあふれていて、忙しい女性には心づよい存在です(笑)。
野村  時間や旬の食材を使うという考え方は合理的ですね。でも、商売でおばんざいをつくる立場としては、きちんと手間をかけることがたいせつだと思っています。たとえば、おばんざいの代表的なメニュー「ネギとイカのてっぱい(酢味噌和え)」も、われわれは、ゆでたネギに白味噌で味付けする前に、塩の下味をつけてだし汁に漬け込み、冷蔵庫に寝かせた後、しぼるというひと手間を欠かしません。こうした手順をきちんとふまないとほんとうにおいしい「おばんざい」はできないんですよ。
小林  そうなんですか、そのひと手間で味が違うんですね。たんなる「手抜き」ではない。これは反省しないといけませんね(笑)。
野村  京都の調理工程の特色は、「浸す(煮びたし)」と「和える」ではないかと思います。私が子どものころ、煮物類はかならず台所でひと晩置いて、味を含ませていました。つまり、時間を有効に使ったんです。それが「おばんざい」の合理性でして、私の父も「いい材料を仕入れるためにお金はかけろ。手間は惜しむな」と言っていました。
 ただ、手間をかけるといっても、忙しい生活ではなかなかむずかしいと思いますので、一般のご家庭では、プロがつくったポテトサラダや焼き魚を素材として使って、サラダにリンゴをくわえたり、鮭をほぐしたりして、フルーツサラダや鮭ご飯にして楽しんでいただけたらと思っています。  

食べることは生きる力、食文化は生きるための知恵
小林  食の世界では、子どもたちへの食育も大きなテーマですね。
野村  なんといっても次の社会を担うのは子どもたちで、食は命をつなぐものですから、食育は大事ですね。私が食育についてつよく思うのはコミュニケーション不足ではないかということです。私が小学生のころ、おつかいに行かされては、行きつけの肉屋さんに「ぼん、これは上等のすき焼き用やで」と教えられたり、家でも焼き魚に少し身を残して食べ終えて、祖母にえらい怒られたりしました。食をめぐる会話が、店先でも家でも日常的にさかんにかわされていたんです。そういうコミュニケーションが現在はどうなっているのか、とても気になりますね。
小林  いまは、食事時に全員がそろわない家が多いし、いっしょに食べていても、お母さんは勉強の話ばかりして、子どもは食事を楽しめないという話も聞きます。
野村  食育を家庭にばかり期待するのも無理があるでしょうから、専門家の力を借りて学校で食育をおこなうことも必要かもしれませんね。たとえばフランスでは、「味覚週間」をもうけて、そのときは一流のシェフが小学校に出むき、地方ごとに違うチーズやワインなどの味を教えているそうです。
 食べることは生きていく力の根本ですし、食文化は生きるための知恵だと思います。だからこそ、フランスでは、相手は子どもだからと手抜きせず、専門家が徹底して教えるのでしょう。日本でも、とても大事なことだと思います。
小林  京都府生協連も、「たべるたいせつ」の取り組みの一環として、ごはん料理やおばんざいの試食会を開いていますが、若いお母さんたちから「京野菜はとてもおいしい。この料理を家でもつくってみたい」といった感想が届いています。「つくる喜び、たべる楽しさ」が、お父さんやお母さんから子どもたちに伝わればうれしいですね。
野村  そうそう、教え込むのではなく、楽しく身につけさせてあげたいですね。日本人は、一生の間に約2000種の食材を食べて、味蕾の数も世界中でもっとも多くもっていて、味を見分ける能力はとてもゆたかだそうです。これは、季節の変化に富んだゆたかな食材と、その素材を活かしきる調理法をあみだしてきた先人の知恵と努力のたまものでしょう。私たちもそこに学び、子どもたちに伝えねばと思います。

「横着せず、誠実に、正直に」が「食の安全」につながる
小林  さて、野村さんと私はいま「食の安心・安全推進条例」づくりに参加していますが、「食の安全」についてはどうお考えですか。
野村  これはもう当たり前のことで、京都の一流の料亭が食中毒を起こした記憶はほとんどありません。「おいしいものを安全に食べてもらいたい」という気持ちが薄れ、調理の基本を忘れて横着になると、食中毒を起こすんです。
 その意味で、いま検討されている「京都版品質管理・信頼食品登録制度」(仮称)は、生産工程そのものを管理する手法ですから、食中毒を出すような生産者は登録されないし、安全で安定したモノづくりをめざす生産者にはおおいに励みになると思います。
小林  ぜひ、実際に伝統食品づくりをささえていらっしゃる中小零細企業のみなさんに使っていただける制度にしたいですね。
野村  同感です。そして、「京ブランド食品」と同じように、商品のレベルアップに結びつけていきたいですね。
小林  それが消費者にも周知されて、安心して食べることにつながるわけですから、消費者もいっしょにがんばらないといけませんね。
野村  そうです。生協のみなさんのお力を借りないとあかんのです(笑)。販売してこそ商品ですから、消費者のみなさんに認知していただくためには、店頭に並べたりパンフレットに掲載していただかないといけません。こんごともよろしくお願いします。
小林  なんだか大きな宿題をいただいたような気分ですが(笑)、こちらこそよろしくお願いします。



 今回の対談は、「無鄰菴(むりんあん)」の母屋2階をお借りしておこないました。京の食文化を語るにふさわしい情緒にあふれていました。

「無鄰菴(むりんあん)」
明治・大正の元老 山県有朋の別荘。東山を借景に疏水の水を取り入れて鑓水(やりみず)を配した庭は造園家・7代目小川治兵衛の作。1903(明治36)年4月21日、日露開戦直前の外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれたことでも有名。国の「名勝」に指定されており、現在は京都市が管理。場所は、国際交流会館の北側に位置します。
●入園料一人350円 ●開園時間は9時より16時半。



写真撮影/ 有田知行

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