「京都の生協」No.58 2006年1月発行 この号の目次・表紙

「映画のまち・京都」をめざして
  ―コミュニティ・シネマの可能性にかける―

 日本映画発祥の地である京都--映画は京都の地場産業でもある。シネマ・コンプレックスの郊外への展開や都心型シネコンの開業の半面、地域に根づいた映画館づくりの動きもしっかりみておきたい。京都シネマの代表として、また大学で映画産業論を担当する講師としても活躍中の神谷雅子さんに、映画とのかかわりやこんごへの思いをお話ししていただきました。

 
株式会社 如月社
代表取締役社長 神谷雅子さん
  京都府生活協同組合連合会
会長理事 小林 智子

京都のまちとむすびついた映画館として 〜 京都シネマの誕生
小林  このたびは「京都府あけぼの賞(※)」の受賞、おめでとうございます。
※京都府あけぼの賞:
男女共同参画によるゆたかな地域社会の創造にむけて、女性のいっそうの能力発揮に資するため、各分野での先駆的活躍でとくに功績のいちじるしい女性やグループに授与される。2005年度は4人1組が受賞した。
神谷  ありがとうございます!でも、私のようなものがいただいていいのだろうかとおどろきました。(笑)
小林  神谷さんの、京都シネマという映画館と大学や地域をむすびつける活動が評価されたのでしょう。
神谷

 だとすれば、とてもうれしいですね。京都シネマは、まだオープンして1年あまりですが、こんごもずっと京都のまちとむすびついた映画館でありつづけたいと思っています。


だれでも楽しめる映画館に 〜 バリアフリー上映
小林  京都シネマでは、バリアフリーの上映会をなさいましたね。
神谷  ええ、ぜひ取り組みたかった企画でしたので。
小林  具体的にはどのようにバリアをとりはらったのですか?
神谷  まず日本映画に日本語のセリフ字幕をつけ、さらに副音声で情景の説明をしています。以前から、聴覚障害者のかたがたの「洋画は字幕があるからみるけど、日本映画はわからないからみない」というお声をうかがっていましたし、視覚障害者のかたがたも、とくに中途失明されたかたはイメージの記憶をもっておられるので、色や形など、スクリーンに写っているものを音声で説明すると、映画を楽しんでいただけるんです。
小林  副音声はヘッドフォンできくんですか?
神谷  いえ、うちはスピーカーで客席全体にきこえる方式ですが、これは健常者のかたにもよろこばれることがあるんです。たとえば「二人日和」という映画は、神職の装束をつくる京都の町家が舞台ですが、神祇装束司の仕事場なんて一般の人にはなじみがありませんよね。でも、副音声で装束の種類やもちいる道具の種類、それらの色や形、役割や使い方などが説明されるので、映画がよりふかく理解できるわけです。
 副音声は健常者には耳ざわりだというご意見もあるかもしれませんし、すべての映画でこのやり方が可能だとも思いませんが、私は、ときにはみんなが同じ条件でみることもたいせつだと思うし、私たちがそういう鑑賞の仕方になれることも大事ではないかと思います。
小林  障害をもつ人ともたない人が、映画をつうじて空間や時間を共有する機会を、なるべくふやしたいですね。
神谷  ええ、「映画はだれでも楽しめるもの」ということがあたりまえの社会になってほしいし、そのために京都シネマになにができるのかを考えていきたいと思っています。

映画館の誕生から終わりまで経験して
小林  そもそも神谷さんは、どういう経過で映画の世界に?
神谷  ひとことでいうと、「たまたま映画だった」んです(笑)。
小林  それは意外ですね。
神谷  私は大学を卒業して7年間、新聞記者をしました。文化や芸能に興味があったので、取材もその分野が多かった。まだ太秦に大映京都撮影所があったころで、映画の連載を担当したときは何度も太秦に通いました。「京都は映画と縁のふかいまちなんだ」と痛感しはじめたころ、タイミングよく「京都にミニシアターをつくろう」という構想を取材先できいて、私もやってみたいと思ったんです。
 私は、文化の現場に興味があって、京都に文化のスペースをつくりたかった。その意味では、映画ではなく、たとえば演劇でもよかったかもしれない。
 だから「たまたま映画だった」んです。でも、映画でよかった!と。
小林  なるほど。そのミニシアターが朝日シネマですね。
神谷  そうです。それで記者から朝日シネマの開業準備スタッフに転職して、映画興行の世界にはいりました。
小林  朝日シネマは、派手ではないけれどもキラリとひかる映画、個性的な映画を上映して、固定ファンが多く、2002年に閉館が発表されたときは存続をもとめる署名運動までおきましたね。
神谷  あのときのみなさんのはげましは、ほんとうにありがたかったし、京都シネマをつくるおおきな力になりました。それに、私にとっては、ひとつの映画館の誕生から終わりまで、そのすべての過程に立ち会えたことは、ほんとうにえがたい経験でした。

人びとの日々のくらしや思いとともにある映画館
小林  京都シネマを紹介するとき、「コミュニティ・シネマ」という言葉がよくつかわれますが、どういう意味なんですか?
神谷  もともと文化庁の外郭団体の国際文化交流協会が、日本映画振興策のひとつとして、「制作側ではなく上映する側にもっとサポートを」という方向性をだして、コミュニティ・シネマ支援センターをたちあげたところからでてきた言葉です。
 コミュニティ・シネマの定義については、いろいろな議論がありましたが、現在、私もふくめた関係者のあいだでは、ほぼつぎのような理解で一致しています。
 つまり、「コミュニティ・シネマとは、地域にひらかれ、地域の人びとの文化的コミュニティになりえる映画館。その方向をめざす映画館」のこと。
 これはまさに私が朝日シネマで14年間やってきたこととおなじで、それがいま国の政策としてもいわれるようになったわけです。でも、国の施策かどうかという以前に、映画館ってもともと、自分のコミュニティ・エリアのなかにあって、安心して行けて、ワクワクしながらスクリーンをみつめて、いつも家族や親しい人びととの思い出とともにある場所だったでしょう?
小林  そうそう、私の子どものころはね、東映の時代劇の全盛期で、2本立てとか3本立てがあたりまえ。
 母の仕事が休みの日に、いっしょに映画館に行って、ワクワク・ドキドキしながら映画をみて、映画のあとは食堂でオムライスを食べるのがささやかな楽しみでした(笑)。
神谷  私たち以上の年代はみんな、そういう思い出をもっていますね。やっぱり映画館のおおきなスクリーンでみると、迫力も全然ちがうし、ほかの観客と一定の時間と空間を共有する経験もできます。そうした「映画館で映画をみる楽しみ」を、いまの子どもたちも味わってほしいし、そうした場を提供することもコミュニティ・シネマの役割のひとつだろうと思っています。

映画は世界の共通語 〜 社会と文化への理解をふかめる
小林  上映作品はスタッフが相談して決めるんですか?
神谷  いえ、ほとんど私の独断です(笑)。そうしないと映画館の特徴がだせないので、各地のミニシアターもだいたい同じです。
小林  じゃ韓国映画のラインナップが多かったのも、神谷さんがお好きだったから?
神谷  韓国映画については、私が好きというより、まずはブームで観客がみこめる! ビジネスの部分もおおきいです(笑)。
 ただ、スター映画だけではない多様な韓国映画もみていただきたい。韓国では、映画人たちが自国の文化をまもるためにハリウッド資本の圧力とたたかい、民主化以降は国家的プロジェクトとして映画・映像産業を育ててきました。そうした背景や韓国社会の姿、日本との歴史についても、スターたちと同様に目をむけてほしいんです。韓流ブームの背景には、儒教国らしい折り目正しさや濃密な人間関係の魅力があると思いますが、そのもとにある社会と文化への理解をふかめていただけたらと。
 そこにむけたひとつのこころみとして、韓国映画の上映前に、印象的なセリフのハングル・ワンポイント講座も予定しています。
小林  映画を通じて、ほかの国の人びとの社会や文化にふれることができる。映画にはそういう魅力や役割があるんですね。
神谷  「映画は世界の共通語」といわれるのは、複製芸術だから世界中どこでもみることができて、その映画をまんなかにすえて語りあえるからです。だから、うちではアジアやアフリカ、中南米など、ハリウッドのメジャー映画ではない映画を積極的に上映しています。たとえば、生活のために麻薬の運び人になるコロンビアの17歳の女の子や、12歳で徴兵されるエルサルバドルの少年をえがいた映画は、テレビニュースよりもはるかに的確に、ふかく、世界の「現実」をつたえてくれます。

「映画をみる力」を育てること
小林  そうすると、子どもたちに、映像の見方や「映画館で映画をみる楽しみ」を味わわせたり、教えたりすることが大事になりますが、それは「食育」という考え方とも共通しますね。
 たべものの育て方や食卓にとどくまでの過程、からだのなかでのはたらきを教えたり、ほんとうのおいしさを味わわせることは、生きる力にもつながるということで、生協でも「たべる たいせつ」をテーマに取り組んでいるんですよ。
神谷  食の教育も映画・映像教育も、ゆたかな人間性を育てるうえでとてもたいせつですよね。図画や音楽と同様に、小学校低学年のカリキュラムにも、ぜひとりいれていただけたらと思います。
小林  メディアを読み解く、つまりメディア・リテラシー教育ということがいわれていますね。
神谷  そう。すべての映像は、つくり手の意図のもとでつくられている。だから、流れた映像をうのみにしてはだめなんです。フランスやイギリス、カナダなどでは、メディア・リテラシー教育の一環として、子どもたちに映画をみせて、自分はどこに感動したのか、それはなぜなのかを議論させ、感性をみがかせています。
 マスメディアからあたえられた映像を、そのまま「真実」としてうけとめないで、多様な視点から考える能力をもつことは、次代をになう市民としてたいせつだと思うし、そういう市民を育てることは社会にとっても価値あることだと思います。その意味で、いま京都シネマにとってもたいせつなのは「観客づくり」だと思っています。

「映画のまち・京都」をめざす
小林  2つの撮影所が残っていて、カツラや衣装など関連産業の層もあつい京都では、映画も地場産業といえますね。
神谷  やはり「日本映画のふるさと」ですし、大学のまち、若者のまちでもあるし、最近は映像関連の学科をもうける大学もでてきましたから、ほんとうの意味で「映画のまち、映画都市」になって、市民のなかから将来の映画産業のにない手がうまれてほしいですね。
小林  つくり手を育てないといけませんね。
神谷  撮影機材や記録媒体が発達しても、やっぱり基本はオリジナルのソフトですから、それをうみだせる映画人が育ってほしいですね。
小林  映画を上映する場所も大事です。
神谷  そう、つくっただけでは映画ではない。できあがった作品は、みてもらってはじめて映画になる。だから、観客と出会う場所が大事なんです。
 手前味噌ですが、映画をみる場所としては、音響や画像といったハードとしての条件でも、ほかの観客と時間と空間を共有するという意味でも、映画館がいちばんすぐれていると思います。映画館は、地域の文化情報を発信・交流できる場として、こんごもずっと必要とされるでしょうし、必要とされる存在でありつづけたいと思っています。
小林  京都シネマのこんごがとても楽しみになってきました。人に生きる力をあたえてくれるものとしての映画を、食事をいただくのとおなじようにしっかりかみしめ、よく味わいながらみたいと思います。
神谷  ありがとうございます。でも、映画は娯楽でもありますから、肩ひじはらずに、どうぞゆっくり楽しんでみてくださいね(笑)。
小林  もちろんそうします(笑)。



神谷雅子(かみや まさこ)さんのプロフィール 
 立命館大学文学部卒。支配人だった映画館「京都朝日シネマ」の閉鎖を機に(株)如月社を設立し、代表取締役社長に就任。2004年12月に「京都シネマ」を開館した。立命館大学非常勤講師(映画産業論)も務める。この間の活躍が認められて、2005年度京都府あけぼの賞を受賞する。
◆京都シネマ◆ 
3スクリーンあり、それぞれ座席数は104席、89席、61席。京都シネマ会員は現在4000人。会員になると、入場料割引(通常一般1800円のところ通常鑑賞料金1000円)ほか、「シネマニュース」郵送(毎月)、「COCON烏丸」内の飲食店での10%割引などの特典がある。
所在地:京都市下京区烏丸通四条下ル COCON烏丸3F
問い合わせ/TEL 075-353-4723・FAX 075-344-2212
E-mail kyotocinema@kisaragisha.co.jp   http://www.kisaragisha.co.jp/kyotocinema/index.html

写真撮影・ 有田知行/2005年11月

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