「京都の生協」No.60 2006年8月発行 この号の目次・表紙

「食育」に問われているもの
  ―「食」の協働をいまこそ ―

 「食育」が流行語に靖魔「ま、新聞や雑誌で「食育」という文字をみない日はないといってもいい状況です。昨年、食育基本法が制定されたことにしめされるように、今日の日本をめぐる大きな社会問題のひとつがここにあります。生協をふくめ、さまざまな団体が、子どもたちだけでなく、大学生や社会人、高齢者を対象に、多彩な「食育活動」に取り組んでいます。今回は、ながらく、食の教育・栄養指導にたずさわってこられた玉川和子先生に、「食育」ということが提起されてきた背景と、「食育活動」でたいせつにしなければならないことについて、おはなしをうかがいました。

 
京都府栄養士会
会長 玉川 和子さん
  京都府生活協同組合連合会
会長理事 小林 智子

食の教育実践のなかから……
小林  おいそがしいところをありがとうございます。さきほどまで大学で講義をなさっていたとか。どんな授業を?
玉川  保育士や幼稚園教諭をめざす学生たちに、小児栄養を教えています。以前は栄養士養成施設で食物栄養を教えていたんですよ。
小林  ずっと後進の指導にあたってこられたわけですね。いわば、こんご`食aのリーダーになるような若い人たちじしんの食生活はどのようなものなのでしょうか。
玉川  まずオリエンテーションで「食事バランスガイド」(※脚注)をわたして、各自、食べたものを書かせるんです。そうすると、お肉は200グラムも食べているのに、主食や野菜や果物はほんの少しだけという人が多くて、「主食・主菜・副菜をバランスよく」という以前に、もはや「主食とは何ぞや」という常識すらあやしい人もいますね。
小林  朝ごはんを食べない人もふえているそうですが。
玉川

 ええ。食べない人も多いのですが、食べてもせいぜいパンで、それも菓子パンなんです。

小林  大学生協では、朝早くから食堂を開けて、朝ごはんを食べようと呼びかけるところもふえているんですよ。
玉川

 それはうれしいですね。栄養士会では、献血車に同乗して大学に行き、血液検査の後で栄養指導をしていますが、献血できない学生が多いんです。
  調べてみると、血液検査の結果、採血基準にたっしなかった学生は、朝ごはんの欠食率が高いし、夕食のバランスも悪い人が多い。なかには、朝ごはん抜き、昼はパン、夜はウイスキーだけという学生もいて、こういう人は野菜もほとんどとっていないし、当然、ミネラル・ビタミン類もタンパク質も足りません。
  若い人たちは、献血したいという意欲がある。それはとてもすばらしいのに、献血できないわけです。とくに深刻なのは、若い女性のやせと若い男性の肥満と朝ごはんの欠食。こんごは、検査結果を大学別に集計して、各大学の保健センターと連携したいと思っています。


「足らない時代」から「減らす対策が必要な時代」へ ―京都府栄養士会の活動
小林  京都府栄養士会は戦後すぐに誕生して、以降60年間の食生活の変遷を見てこられたわけですね。
玉川  終戦直後は国民全体が栄養不良状態で、とくにタンパク質と油脂が不足していましたから、当時は「一日一度はフライパンを持とう」とか「一日一度はパン食を」と呼びかけました。フライパンなら野菜や肉はソテーに、魚はムニエルにして、パン食なら主菜には肉が合う。そうやって、足らない栄養素をどうやったらとることができるのかを提案して、国民の低栄養状態を改善したいと考えたんです。
小林  おいしいものが目の前にあふれ、肥満対策が必要な現代とは正反対ですね。
玉川  昭和40年ごろから社会がゆたかになって肥満がふえはじめました。「足らん足らん」という時代から、むしろ「減らす対策」が必要な時代になってきて、栄養士会にとっての課題も大きく変化してきました。
  そして、物質的なゆたかさと引きかえに、失ったものも大きいなと思うんですよ。パンにしても、ものがないときは、ひときれを兄弟姉妹で分けあって食べましたけれど、いまはいきなりパクつく人が目につきますし、嫌いな味ならポイッとかんたんに捨ててしまいます。弟や妹をいつくしむ気持ちや、食べものへの感謝の気持ちがうすれているのではないでしょうか。
小林  そうですね。ゆたかさの半面、日本の食文化や社会のあり方そのもののバランスがくずれているように思います。
玉川  欧米文化の浸透も影響しているのかもしれません。洋食は、お皿をテーブルに置いたまま、ナイフやフォークやスプーンで食べますが、日本では江戸時代に貝原益軒が書いた『養生訓』の昔から、ごはん茶わんを片手に持って、おかずとおつゆを交互に食べる「三角食べ」がよしとされてきました。ごはんとおかずと汁物を口中調味することで、塩分摂取量をおさえたり消化を助けることができる。さらに、ごはんとおかずの量が半分ずつとれることから、「三角食べ」が推奨され、そこから「飯茶わんは左、汁わんは右に置く」という和食のマナーが完成したんです。でも、最近は、ごはんはテーブルに置いたまま、先におかずばかり食べて、最後にごはんにふりかけをかけて食べる人がふえています。
  これでは塩分やエネルギーの過剰摂取で生活習慣病をまねき、長寿食としての和食文化も崩壊してしまいます。

「教材」としての学校給食―自己管理力を身につける
小林  食はくらし方そのものとかかわっているわけですが、このところ「食育」ということがさかんにいわれるようになりました。
玉川  最近、小学校でバイキング方式の給食が出てきましたが、ご存じですか。
小林  いえ、初耳です。豪華ですね。
玉川  もちろん、バイキング方式は、楽しく食べるという効果もありますが、小学校の栄養士さんいわく、それ以外にもいろいろな効果が期待できるそうです。好きな料理を好きなだけ取れば、全員にゆきわたらないかもしれないから、みんなのことを考えるようになる。取り分け用のおはしやスプーンも、次の人が気持ちよく取れるよう、きれいに洗った手でそろえて置く。そして、「お先に」「どうぞ」と言葉をかけあって、楽しく、気持ちよく食べる。それに、自分の体調と相談しながら何を食べるかを決めることで、自己管理能力も養える。そういう話を聞いて、私もなるほどなぁと思いました。
小林  でも、子どもまかせだと栄養バランスがくずれませんか。
玉川  料理ごとに、「赤=血や肉になるグループ」「緑=からだの働きを調節するグループ」「黄=エネルギーになるグループ」と表示するとともに、栄養士がアドバイスして、子どもたちの選択を援助する方式が多いようです。 
小林  そうすると、栄養の知識も学べるし、他人への心づかいやマナー、社会性なども身につけることができますね。
玉川  もともと学校給食には、配膳を通して思いやりの心をはぐくんだり、食材を生産してくれる人や調理してくれる人への感謝の気持ちを育てる目的もあって、教育の一環なんです。バイキング方式の給食も、そうした教育効果が期待できる方法といえますね。

たいせつにしたい「行事食」
小林  たんに「お弁当の代わり」ではなくて、「教材」としての給食靖磨Bそう考えると、「食育」はとても奥がふかい。
玉川  そうですね。ですから、京の「おきまり料理」も教えたらいいと思うんですよ。たとえば、きわの日(月末)にはおから、1日と15日にはあず(小豆)のごはんを炊くのは、食べものをむだにしないとか、小豆のタンパク質をいただこうという、昔からうけつがれてきた生活の知恵ですよね。もちろん、昔の人は「小豆は野菜よりタンパク質を豊富にふくむ」などという知識は持ちあわせていなかったと思いますが、当時の米・野菜を中心とする食卓ではとても理にかなっていて、現代の子どもたちにとっても絶好の教材だと思うんです。
小林  わたしは「行事食」は大事だなと思います。いまは毎日がごちそうの連続で、晴と褻の境目がなくなり、かえってさびしい気がしています。
  わたしは、早くに父親を亡くしましたので、祖父が父親代わりでしたが、たまのすき焼きはわが家の一大イベントでした(笑)。いつもの丸いちゃぶ台を片づけて、みんなで七輪を囲んで、おじいちゃんが味付けをして、母もうれしそうで…。
  そういう光景はとてもたいせつな思い出ですが、いまの子どもたちはすき焼きなんてめずらしくもないわけで、ケがない分、ハレの楽しい思い出もないように思います。
玉川  わたしたちは、家族の誕生日とかお祭とか、そういう特別な日の特別な食事をとおして、季節を感じたり、ふだんにもまして家族の温かみを感じたりしてきたんですね。
  いつもはいそがしくて、スーパーのお惣菜にたよっていても、子どもの誕生日のお料理だけは手づくりで、「こんなん、つくってみたんよ」と笑いかければ、その笑顔は子どもの心に一生残るはずです。
  そういう思い出は、子どもにとってみれば宝物ですよ。

キーワードは「参加」―「お手伝いしたい」子どもたち
小林  でもね、給食のない週末に何を食べているかという調査がありますが、「朝はパン、昼はラーメンか炒飯、夜は外食」という答えが多いんです。親御さんにすれば、日曜日ぐらいは楽になりたいというお気持ちかもしれませんが、わたしは逆に、日曜日ぐらいは子どもたちにも手伝わせて、家族みんなで食事づくりをしてみませんかといいたいですね。
玉川  全国の生協の組合員さんの子どもたちを対象にしたアンケート調査でも、多くの子が「もっとお手伝いしたい。お母さんといっしょにつくりたい」と答えています。
小林  それに、嫌いなピーマンも、自分でお料理すれば食べられるようになります。
玉川  そう、あれはほんとうにふしぎですね。食事には、「つくる」「たべる」「かたづける」の3つのプロセスがあるので、子どもをそこに参加させて、「お客さま」にしないことがたいせつだと思います。

「食」がつくるコミュニケーションと文化
小林  食卓を誰と囲み、誰と食べるかということ、食のコミュニケーションということも大事ですね。
玉川  そうなんです。わたしは「集まって食べる」ということを提案したいですね。たとえば料理の持ち寄りパーティーなどはいかがでしょう。持ち寄りだから多彩な料理で栄養のバランスがとれるし、みんなでわいわいお話ししながらいただく食事はおいしい。それに、いままで食べたことのない料理が出てきたら楽しいでしょ?
小林  みんなでお料理を持ち寄って食べたら、食材のむだも出ないだろうし、合理的ですね。
玉川  でも、現実には大人も子どもも「孤食」の風景が広がっていて、子どもは「おかあさんは成績とか宿題とか小言が多いから、ひとりで食べるほうがいい。テレビゲームしながら食べれるし」というんですね。
小林  大人も、いろいろいいたいことはあるでしょうが、せめてごはんを食べるときぐらいは「おいしいね」と笑って、楽しくすごしたいですね。
玉川  それに、異世代で同じテーブルを囲むことも大事です。そうしないと子どもは、赤ちゃんが大量によだれを流すことも知らないまま大人になってしまう。でも、もし、おじいちゃんと食卓を囲めば、「人は高齢になると噛む力や握力が弱くなって、食べものをこぼしやすくなるんだ」とわかるでしょうし、「畑では曲がったキュウリや小さなカボチャもできるんだよ」と教えてもらえるかもしれません。
  お祭りも、もともとは集団の構成員が集まることからはじまり、そのなかでお互いを思いやりながらくらす文化や食文化がはぐくまれてきたのではないでしょうか。
  ですから、さまざまな世代が食卓をともにする機会を大事にしたいですね。


「食育」は、人間と生活を丸ごと考えること―バラバラでなく、総合的に……
小林  そう考えてくると、「食育」は、子どもの問題ではなく、大人の姿勢を問う課題ですね。
玉川  規格品のように形のそろった、まっすぐなキュウリしか売り場に並ばないとか、国内で生産できる食料をも輸入するといったあたりから変える必要がありますね。その意味では、大人に課せられた課題、生活のあり方から丸ごと考えるべきテーマだと思います。
小林  生協は、「食と健康」をテーマに、広報紙に栄養士さんのアドバイスコーナーをつくったり、親子料理教室や産地交流の活動をつづけてきました。そうした活動を「食育」という観点からとらえなおし、もうひと工夫する必要があります。
玉川  生協はいろいろなネットワークをお持ちなので、それを生かした取り組みをお願いしたいですね。わたしも生協の共同購入を利用していますが、カタログには商品の横にそれを使った料理のレシピがのっていたりして、よく工夫されているなと思います。でも、ひとりぐらしの身には材料を少しずつ買いそろえるのがむずかしいので、レシピ付き食材セットがあれば便利だなと思うんです。朝食習慣がない人も、「朝食セット」があれば食べるかもしれません。若い人は、「チンゲンサイの代用にほうれんそうをつかう」というような、いわゆる応用がききにくい。冷蔵庫の残り物を上手に使い切るのも苦手で、賞味期限が過ぎるとあっさり捨ててしまいがちです。そんな若者を支援する意味でも、レシピ付き食材セットはいいのではないかと思いますね。


専門家と生協の「協働」が必要
小林  共同購入でも、メニュー提案している商品は、たくさんの利用があります。店舗でも、職員が知恵を出しあって、きょうのおすすめの商品をつかったメニュー提案をしています。
玉川  生協には、事業的にはむずかしいかもしれませんが、一般企業にはできないことをしてほしいと思います。わたしたち栄養士会も、これまでのように「行政に協力する」というレベルにとどまらず、もっと主体的な意思をもって、市町村、学校、食品産業界、生協のみなさんと「協働」しなければと思っています。
小林  食と栄養の専門家集団である栄養士会と、食品業界や行政のかたがた、わたしたち生協が手をたずさえて、ほんとうの意味で「ゆたかな食」をとりもどしたいと思います。本日はありがとうございました。

※脚注
「食事バランスガイド」
1日に「何を」「どれぐらい」食べたらよいのか、望ましい食生活のあり方をイラストでわかりやすく示した指針。
厚生労働省と農林水産省の共同により2005年6月策定。



玉川和子さんのプロフィール

  1954年京都府立大学を卒業、京都南病院・堀川病院に勤める。1969年から京都文教短期大学で教鞭をとる。2002年に同大学を定年退職し、名誉教授となる。現在は京都女子大で講師として学生に栄養学を教える。
  1992年から社団法人京都府栄養士会の副会長、98年から同会長になり、現在にいたる。著書多数。『臨床調理』『応用栄養学塔宴Cフステージからみた人間栄養学』『臨床栄養学実習書』(以上、医歯薬出版)、『茶懐石と健康 一汁一菜の知恵』(淡交社)など。

写真撮影・ 有田知行

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