「京都の生協」No.70 2010年1月発行 今号の目次

「消費者市民社会」の実現をめざして
-安全で公正な社会づくりへ、消費者・事業者・行政・法律家の協働を-

 高齢の両親が、健康不安につけこまれて、高価な「健康食品」を買わされた。賃貸借契約で貸主から不利な契約を押しつけられた。英会話教室を中途解約したのに、前納した授業料を返金してくれない。こんな消費者被害があとをたたない一方で、消費者団体訴訟制度による成果が生まれはじめ、消費者庁・消費者委員会の発足など消費者施策の新しい局面が展開されてきています。その背景には、市民・消費者団体と行政と法律家のねばりづよい協働があります。


京都府生活協同組合連合会 会長理事
小林 智子

京都弁護士会 会長
村井 豊明さん

  弁護士の仕事 社会正義の実現と基本的人権の擁護が使命

小林 弁護士さんには、生協の有識理事や監事としてもお世話になっていますし、京都消費者契約ネットワーク(※注1)や消費者支援機構関西(※注2)の活動でもごいっしょしています。しかし、弁護士さんのふだんのお仕事について知る機会はあまりありませんので、きょうはそのあたりのことから教えていただきたいと思います。
 先生が会長をつとめていらっしゃる京都弁護士会には、何人の弁護士さんが登録なさっているのでしょうか。

村井 個人会員が465人、法人会員が11法人です。京都弁護士会は、全国的には中規模というところです。

小林 霊感商法の事件などをみていますと、当事者は別でも担当弁護士は同じというケースが多いような気がします。先生方はそれぞれ専門分野をお持ちなのですか。

村井 弁護士は、資格さえあればどんな事件でもあつかえますので、厳密な意味での専門はありません。しかし、個々の弁護士の傾向として、刑事事件を多くあつかうとか、離婚や親子など家庭問題を多くあつかう、少年事件や消費者問題を多くあつかうということはあります。
 同じような事件をたくさんあつかっていると、その分野の情報や経験がふえるので、他の人からも同じような事件の依頼がきて、結果として、だんだん特定の分野の専門性が高まるということはあるでしょうね。

小林 ひとつの分野の仕事を重ねることで経験知がふえるのですね。ふだんのお仕事のなかでの割合としては、やはり裁判の準備に割かれる時間が多いのでしょうか。

村井 弁護士は、基本的に自分の所属する事務所で法律相談を受けますが、かならずしも全部、裁判をするとはかぎらなくて、相談やアドバイスだけで解決する場合もあります。相談だけで解決しないときは、調停という方法を採用することもあります。調停が不調になって、訴訟・審判の手続きにすすむということがあります。
 訴訟となると、さまざまな調査をして、証拠を集めて、裁判所を説得したり、相手側の主張に反論する必要があるので、そのための打ち合わせにもけっこう時間をかけます。その意味では、弁護士は、打ち合わせや裁判の準備や実際の裁判での弁論にかなりの時間を費やしますね。それで忙しすぎて公益的な活動があまりできない人もいます。

小林 弁護士さんは公益的な活動をすることになっているのですか。よく「無料法律相談」のお知らせを目にしますが。

村井 私たち弁護士は、司法制度において法律事務を独占しているわけですが、公益的な活動をすることがその前提になっているのです。弁護士法では第1条で「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と定めています。

小林 なるほど。だから、弁護士会としても法律相談を受け付けていらっしゃるんですね。

村井 そうですね。弁護士会として裁判をすることはありませんが、法律相談はあちこちで開いています。その相談のなかで、実際に事件としてあつかうことになれば、個々の弁護士が担当します。
 そのほか、人権救済の申し立てを弁護士会として受けて勧告や警告をするなど、弁護士会としても多様な人権課題をあつかっています。
 たとえば消費者問題も、人権という観点から、多くの弁護士が被害の救済に取り組んでいますし、弁護士会では、法制度を中心に追究する消費者保護委員会や、具体的な相談活動に取り組む消費者・サラ金被害救済センター運営委員会を設けています。

※注1 特定非営利活動法人 京都消費者契約ネットワーク
 京都で消費者契約にかんする問題に取り組む消費者、消費者団体、消費生活相談員、学者、司法書士、弁護士などが、消費者の権利の確立と拡大をめざして設立したNPO法人です。京都府生協連も構成団体となっています。1998年11月に発足し、2007年12月、内閣府より消費者団体訴訟制度の適格消費者団体として認定されました。
※注2 特定非営利活動法人 消費者支援機構関西
 消費者が安心して生活できる社会を実現するため、実効性ある消費者団体訴訟制度を実現し、訴権行使の担い手となることをめざす新しい消費者組織です。2005年12月、関西圏を中心に消費者団体や消費者問題に取り組む人びとによって設立され、2007年8月、内閣府より消費者団体訴訟制度の適格消費者団体として認定されました。京都府生協連は正会員団体です。
 京都消費者契約ネットワークや消費者支援機構関西は、事業者への申入や差止請求、各種提言、行政や事業者団体への要請、セミナーやシンポジウムの開催、協働事業、企業の消費者対応評価、消費者被害情報などの収集・提供などの活動をおこなっています。

  多重債務・サラ金問題が前進する一方で、あらたな手口による消費者被害が次つぎ……

小林 2004年に、それまでの「消費者保護基本法」が、消費者の権利を明記した「消費者基本法」に改正され、あらためて私たちは「消費者としての権利を行使する主体なんだ」ということをつよく認識しました。でも、現実には振り込め詐欺など、あらたな手口が出てきて、むしろ被害はふえているような気もします。

村井 おっしゃるように、消費者施策が大きな展開をとげる一方で、消費者問題については雨後のタケノコのように次から次へと新しい手口が出てきています。古くは豊田商事のような金のペーパー商法から、原野商法、商品先物取引、未公開株、マルチ商法、ネズミ講、住宅改修詐欺、着物の展示会商法、高額商品を売りつける催眠商法等々、数えあげればきりがありません。
 私が弁護士になった30年前は、消費者被害といえばサラ金問題が中心で、高利に苦しむ被害者がたくさんおられました。しかし、いろいろと救済に取り組んだ結果、きびしい取り立ては規制されるようになり、金利も利息制限法にもとづいて計算させて、取り返せるようになりました。法定金利と業者の金利とのあいだのグレーゾーンも撤廃されて、サラ金問題にかぎっていえば、この30年でかなり前進したと思います。

小林 多重債務やサラ金問題で苦しんでいる人は、「自分に返済義務がある」と思い込んでいるけれども、いまは相談すれば取り返せる可能性があるのですね。

村井 以前は、違法な高利を強要されて、それが払いきれなくて自殺寸前まで追い込まれる人が多かったのですが、最高裁が利息制限法をこえた金利の返還請求を認める判決を出しましたので、救済がすすむようになりました。
 多重債務やサラ金のご相談を受けますと、弁護士はまず過払いかどうかを計算して、過払いであれば取り返しますし、過払いでないケースは、自己破産の手続きをして人生の再起をはかるといった手だてを、ご本人といっしょに考えるようにしています。ですから、まずは気軽に相談していただきたいですね。


  注目される「京都府消費者あんしんチーム」・「京都市消費者サポートチーム」—行政と弁護士会のタイアップで解決までサポート

小林 消費者の実感から申しますと、その「気軽に相談する」というのがなかなかむずかしくて、5年前に京都生協が組合員にたいしておこなった消費者被害の実態調査でも、約2500人の回答者のうち156人の方が被害を経験していながら、そのうち3分の1の人が「どこにも相談しなかった」と答えています。その理由としては「だまされた自分が悪い」とか「恥ずかしくて相談できない」という答えがめだちました。
 さきほどのお話によれば、サラ金問題が前進したのは、相談する人がふえて、社会問題にもなって、それが判例に結実して、救済できるようになったということですね。アンケートで「どこにも相談しなかった」と答えた人たちも、もし勇気を出して相談していれば解決するケースもあったかもしれませんし、相談する窓口がもっとたくさんあればとも思います。

村井 たしかに消費者被害というのは、「本人が悪い」と考えられがちで、そのために問題がなかなか表面化せず、その間に被害が広がるという悪循環がありますね。

小林 そこで行政としても、もっと取り組みを前進させようということで、弁護士会とタイアップして「京都府消費者あんしんチーム」や「京都市消費者サポートチーム」を立ち上げています。これはどんな仕組みですか。

村井 相談窓口としては、法律事務所よりも行政のほうが身近ですから、行政で相談を受けようということで始まった取り組みです。まず行政の相談員と弁護士が連携して、相談者に適切なアドバイスをおこない、それで解決しない場合は、弁護士が消費者と業者にあっせん案を提示する「あっせん会議」を開いて、解決に導きます。

小林 相談だけでなく解決までしていこうという取り組みは、消費者として心づよいかぎりです。「京都府消費者あんしんチーム」は府内全域に設置されるのですか。

村井 京都府消費生活安全センターと丹後・中丹・南丹・山城の各広域振興局に設置されます。「京都市消費者サポートチーム」は市民生活センターに設置されます。

小林 せっかく法律の専門家と行政がタッグを組んだのですから、宣伝もして、広く活用される仕組みにしたいですね。

村井 そうですね。宣伝については、各自治体の広報紙などを活用すれば、かなり周知できるのではないかと考えています。被害額が10〜20万円といった比較的少額なケースは、「わざわざ法律事務所に行くのも面倒だし……」とちゅうちょされることが多いのですが、行政でしたら相談しやすいので、私たちとしては「少額でも相談すれば取り返せるんだ」と実感してもらえるように取り組むつもりです。こんごは、行政の相談窓口で、解決にむけたサポートをかなり受けていただけるはずですよ。


  消費者行政の一元化をめざして--消費者庁と消費者委員会

小林 ちょうど政権交代のはざまの9月1日、消費者行政の一元化をめざして消費者庁が発足しました。  消費者行政の一元化は、弁護士会も以前から要求されていましたね。

村井 ええ、そうです。さきほど、消費者基本法で消費者の権利が明記されたというお話がありましたが、それ以降も、タテ割り行政のもとで、各省庁の所管のはざまのような消費者被害が出たり、消費者の権利を守るというよりも事業者の監督・指導という視点がつよくなりがちでした。
 その典型が「こんにゃくゼリー事件」です。あれは死亡事故まで起きたのに、「衛生上は問題ない」ということで、事業者の自主規制とされ、行政の責任で販売を規制するといった措置はとられていません。
 このような行政責任の不明確な消費者被害が出るなかで、日本弁護士連合会も京都弁護士会も、「消費者の権利を守るためには消費者行政の一元化が必要だ」と主張し、推進本部をつくって、署名運動に取り組み、立法要求をしてきたわけです。

小林 これまでのタテ割り行政のなかで、救済や解決されなかった問題もふくめ、消費者にかかわる多くの問題が消費者庁に一元化されたのは、とても大きな成果だと思います。私たちもたいへん期待しています。  その消費者庁と同時に、消費者委員会が発足しましたが、これはどんな組織ですか。

村井 消費者委員会は、消費者庁から独立した監督組織として設立された機関です。消費者被害の実態をしっかり把握し、行政がそれにたいしてきちんと監督・指導できているかどうかを、かなりの調査権限を持ってチェックします。
 行政まかせではなく、行政をチェックする機関までできたというのは大きな意味がありますね。


  適格消費者団体の活動が成果を上げつつある

小林 消費者団体訴訟制度(団体訴権)ができたことも大きな前進です。これは、直接の被害者ではない消費者団体が、事業者の不当な行為や契約条項にたいして差止請求訴訟を起こせるもので、京都消費者契約ネットワークがこの訴訟を起こせる適格消費者団体として認定されました。

村井 個々の被害者がそれぞれ訴訟を起こすと費用もかかりますし、対応する弁護士もたいへんですから、団体訴権制度によって、適格消費者団体が一括して差止請求を起こせるようになったことの意義は大きいですね。
 すでに京都消費者契約ネットワークは、適格消費者団体の立場をフルに活かして、成果をあげています。ひとつは賃貸借契約の敷引条項にかんする訴訟です。これは業者が認諾して、実質的な勝訴となりました。同じく賃貸借契約の原状回復費用条項に関する使用差止請求でも一部差止判決が出ています。消費者支援機構関西なども、差止や和解などの成果を上げています。
 さらに日本弁護士連合会は、差止請求だけでなく、損害賠償請求も適格消費者団体が一括してできるように要求しています。というのは、とくに被害が少額な場合、手間がかかるわりに返金額が少ないので、費用対効果が悪く、泣き寝入りで終わりがちなんですね。だから、一括して損害賠償請求訴訟を起こして、業者からお金を取り返して、それを被害者に配当する。こういう制度になれば被害者救済がいっきょにすすむのではないかと考えています。


  「相談する」ことは消費者の役割であり、権利--被害の把握・防止につながる

小林 国レベルでも、身近な地方自治体レベルでも、消費者行政の一元化や被害者救済にむけて取り組まれていることがよくわかりました。
 そうすると、消費者の役割としては、なによりもまず、相談をすることが大切ですね。
 消費者が多くの情報を寄せることによって被害の実態や対策も見えてくるのではないか、消費者にはそういう貢献のしかたもあるのではないかと思います。

村井 おっしゃるとおりです。悪徳業者は、その手口や被害者情報を業者同士で共有していますから、会社の名前などはかんたんに変えて、被害者をターゲットに再度お金を巻き上げにやって来る。そうやって二次被害を出すのです。ですから、われわれも情報を共有しあわなければいけません。ふだんから情報を集積しておくと、たとえ業者が名前を変えても、同じ系統の会社だという見当がついて、迅速かつ有効に対応できます。


  消費者団体への期待 --法律家との協働の取り組みをつよめたい

小林 私たち京都府生協連も、京都消費者契約ネットワークの一員として活動に参加し、また独自にも消費者問題に取り組んでいます。
 こんご、消費者団体として、どんな活動をすべきだとお考えですか。あるいは生協にたいする期待やご要望もお聞かせください。

村井 生協は非常に多くの組合員が入っている大きな組織になっていますし、消費者被害にあう組合員も少なくないと思います。やはり行政だけでなく消費者団体のところでも気軽に相談できるようにすることが大切ですので、生協という身近なところで消費者被害や消費者問題について相談できる仕組みがあればいいですね。
 もし生協の窓口だけで解決できないことがあれば弁護士に相談してください。そういう取り組みをとおして泣き寝入りを防ぐことが、消費者被害の把握と防止につながりますので、生協がはたす役割はたいへん大きなものがあると思います。
 もうひとつは、適格消費者団体が損害賠償請求もできるような制度の確立を、生協もいっしょになってもとめていただくということです。消費者庁や消費者委員会の人事については、各地からさまざまな消費者団体や弁護士会が意見をのべました。そういう行動は国にかなりの影響をあたえますので、消費者行政の前進にむけて、生協や弁護士会がお互いに協働しながら、それぞれの立場で発言することが大切だと思います。
 それと、「だまされないための心がけ」や「だまされるのはこんなケース」といった基本的な消費者教育にも力を入れていただきたいですね。必要なら弁護士を講師として派遣しますので、ぜひ声をかけてください。

小林 ありがとうございます。生産と消費のシステムが複雑に入り組んだ現代社会では、すべての人が消費者ですから、だれにとっても消費者行政のあり方は重大な問題です。その意味で、私たち一人ひとりの消費者が消費者行政の中心にいるのだという自覚をもつとともに、消費者団体が自分自身の力で問題や課題を解決していくことができる社会的な技術や能力を獲得することも大切だと思います。
 そういう観点から、生協は京都府にたいして、意見交換や消費者力をたかめる研修などをとおして、消費者団体を育て、もっと活用するような取り組みをしてほしいと申し入れてきました。
 こんごもさまざまな活動をすすめたいと考えていますので、ぜひお力ぞえをよろしくお願いいたします。きょうは、ご多忙のところ、ありがとうございました。


写真撮影・有田 知行

村井 豊明さんのプロフィール

[略歴]
1951年7月/京都市内で出生、1978年3月/一橋大学法学部卒業、1978年4月/司法修習生(32期)、1980年4月/弁護士登録・京都弁護士会入会、2009年4月/京都弁護士会会長(現在)

[これまでの主な役職]
京都弁護士会副会長、同会総会議長、同会常議員会議長、同会刑事・留置施設法対策委員会委員長、同会民事委員会委員長、同会刑事拘禁制度改革実現本部本部長代行、自由法曹団京都支部幹事長、「市民ウォッチャー・京都」事務局長など

[趣味]
登山、テニス、スキー