「京都の生協」No.74 2011年4月発行 | ![]() |
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くらしの安心・安全は私たちの手で ──消費生活相談の経験から── |
マルチ商法、住宅リフォーム詐欺、未公開株をめぐるトラブル等々、悪質な業者による消費者被害はたえることがありませんが、被害者によりそい、はげまし、ときには業者ときびしく対峙し、消費者の権利を守るために法律や条例を変えることにも力をつくす、「消費生活専門相談員」という仕事があります。松本さんは、この仕事の草創期から31年間、消費者の声に耳を傾けてこられました。
![]() 京都府生活協同組合連合会 会長理事 小林 智子 |
![]() NPO法人京都消費者契約ネットワーク理事 NPO法人京都消費生活有資格者の会理事 消費生活専門相談員 松本久美子さん |
消費生活相談員は根気と体力が大切 |
小林 松本さんは「消費者の心強い味方」として、第一線で働いてこられました。難聴になるなど、ご苦労されたのですね。
松本 ええ、10年ほど前に耳が聞こえにくくなりましてね。私はたんなる老化現象だと思っていたのですが、お医者さまは「職業病だろう」とおっしゃいました。なにしろ電話相談のときは、相手の方の声を聴きのがすまいと、状況によっては1時間以上も受話器に集中しているものですから。また、以前は手書きで聞き取りや業者との交渉記録をしていて、かなりの字数を書きますので、腱鞘炎のような症状が右腕に出たこともあります。消費生活相談員は根気と体力が必要です。
小林 それぐらい強い緊張をともなうお仕事だということですね。消費生活専門相談員の方はどれぐらいの件数を担当されるのですか。
松本 センターによって件数差がありますが、京都市では5年前までは1人あたり年間約1000件受けていました。私の場合、相談員になっていらい、のべ約3万人の京都市民の方とお話ししたことになりますね。京都市は、地方自治体のなかでも相談件数が多いほうでした。それだけ市民のみなさんが信頼してくださったのではないかと思います。
消費者問題に関心をもつようになったのは…… |
![]() 小林 どんなきっかけで相談員になられたのですか。 松本 私が相談員になったのは、1976年12月、京都市消費者センター(現・京都市市民総合相談課[京都市市民生活センター])が設立されたときです。それまでは主婦でしたが、ごく短期間、栄養士として働いた経験がありましたので、自分の子どもの学校給食の献立表を見て、たいへんショックをうけました。というのは、本来、食物から摂取すべきビタミンAが添加されていましてね。これが消費者問題に関心をもつようになった最初の出来事です。 小林 76年といえば、私は子育てのさなかでした。『複合汚染』という本がベストセラーになって、食の問題には関心をもっていましたが、消費者問題については情報が少なく、関心も少なかったように思います。そういう時代に松本さんは消費生活相談という、当時としては新しい仕事をはじめられたのですね。 松本 新設されるセンターですから、自分に自信も力もないので、いったんはおことわりしたのですが、他センターの相談員をしている友人たちが「手伝うよ」「支援するよ」と応援してくれますので、「石の上にも3年というコトワザもあるし、3年だけはがんばってみようか」と心を決めました(笑)。
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消費生活相談員の原点としての豊田商事事件 |
小林 私が消費者問題を最初に意識したのは、生協の学習会で金のペーパー商法の豊田商事事件(※4)を知ったときです。講師の先生は、「被害者は高齢者が多く、ほとんどの人は『だまされた自分が悪い、恥ずかしい』と自分を責めて、裁判の原告をつのっても応じる人は少なかった」とおっしゃっていました。
消費者としては、まずだまされないことが大事ですが、だまされたら、それを訴えて取り戻す権利があるということを自覚しなければいけないし、その権利を行使して、実際に取り戻さなければいけないと思います。そのためには、消費者被害の問題を世の中にきちんと知らせていくことが大事だということを、そのときに痛感しました。
松本 被害情報を広く早く社会で共有することが、被害の拡大を未然に防止することになりますからね。その意味で、豊田商事事件は、私の消費生活相談員としての活動の原点になる事件でした。というのは、当時はどこの消費者センターも、「これは欲ボケした消費者の投資事件で、消費者問題ではない」という態度でしたから、私たち相談員も実態は知りつつ、なかなか対応できなかったのです。
ジレンマを感じていた私は、とうとう、90歳近い高齢の女性の被害者のお宅へ京都市消費者センターの所長を連れていきました。その方は、独居で寝たきりで、生活保護をうけていらしたのですが、自分が亡くなったときの備えに30万円だけ、行政には内緒で貯金をなさっていたのです。それを知った豊田商事の若い社員は、「この番号の通帳はもう使えなくなる。うちに預けてくれたら郵便貯金より高い金利でふやしてあげる」といい、彼女が「ふやす必要はない」と何度もことわったにもかかわらず、「貯金が福祉(生活保護のこと)に知られたら打ち切られる」とおどして、結局、貯金通帳と印鑑をとりあげてしまいました。
現場でこの話を聴いた所長は、私が「これでも欲ボケといえるのですか? 消費者問題ではないのですか? やはりセンターで、あっせんすべきではありませんか?」と申しますと、「やりましょう」といってくれました。それで、京都市は他の都市にくらべて比較的早い段階から取り組んで、豊田商事の社長が刺殺されるまでは奪われた金を取り戻すことができました。
※4 | 豊田商事事件 客と金の地金を購入する契約を結ぶが、現物は客に引き渡さずに証券しか手許に残らない「現物まがい商法(ペーパー商法)」で、おもに独居老人がねらわれました。線香をあげたり身辺の世話をしたりして相手につけ入り、契約を結ばせていきました。1985年に社会問題化しました。被害総額は2000億円近く、被害者数は数万人以上といわれています。その後、「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」が制定され、金などの預託取引契約にたいして、一定期間内なら理由のいかんを問わず契約を解除できるクーリングオフ制度が導入されました。 |
地方消費者行政の役割・国民生活センターの重要性 |
小林 消費者庁ができ、消費者の権利を守る法制の整備がすすんだいまも、高齢者や障害者をねらった悪徳商法は後をたちませんし、マルチ商法の被害にあう若い人もふえています。これからの消費者行政には、どんなことを望まれますか。 松本 地方の消費者行政は、相談員をとおして、消費者の生の声を聴いているのですから、被害救済とともにその情報を迅速に公開し、被害の拡大・拡散を防ぐことがもとめられると思います。また、特定商取引法や条例を活用して悪質業者の指導を強化してもらいたいですね。 小林 野村総研による独立行政法人の認知度調査でも、国民生活センターは造幣局、大学入試センターに次いで第3位でした。それだけ国民によく知られ、信頼されているということですね。 松本 そうなんです。40年の歴史がありますものね。国民生活センターには全国のセンターから集まった消費者被害・危害の情報を収集、分析した結果をふまえての情報の発信から、直接相談をふまえての地方の相談員への事例解決にむけた研修・相談の支援まで、さまざまな機能が集中しています。だからこそ有効に動けるわけで、廃止ではなく、むしろ、もっと充実させていただきたいと切に願っています。 |
相談員だからできること ──あたたかいハートと正義感とこまやかな感性と好奇心をもって。法律・条例を変える力につながる仕事。 |
![]() 小林 消費生活相談員をめざす方がふえてきたのは心強いかぎりです。なにかアドバイスがあれば…。 松本 まずなによりも、あたたかいハートを失わないでほしいということですね。法律をしっかり身につけることは当然ですが、それと同じぐらい、あたたかい心と正義感とこまやかな感性と好奇心が必要だと思います。 小林 そんなふうによりそっていただけたら、相談する側はとても力づけられると思います。 松本 その意味では、相談員にしかできないこともあると思うのですよ。たしか2005年ごろの事例だったと思いますが、ある高齢者の家では屋根裏に不要な耐震補強の金具がスキマなく張りめぐらされ、17坪しかない床下には湿気取りの換気扇が複数台置かれていました。複数の住宅リフォーム会社に「食い物」 にされていたのです。大半の業者は行方不明でした。すでに工事も支払いも完了していたので、当時の割賦販売法では支払い済みの返金を要求できません。 小林 ときには法律の枠を越えて、被害者の救済のために奔走なさってきたのですね。しかも、いまお話しになったようなケースは、現在の割賦販売法では返金を要求できますよね。さまざまな事例を積み重ねて、それを行政のなかできちんと発信してこられたからこそ、法律や条例の改正というかたちで結実したのだろうと思います。 松本 うれしいですね。消費者の訴える相談事例の積み重ねが、法律の改正につながったと思います。消費者被害は未然に防ぐことが第一ですから、日々の相談活動のなかでつかんだことを国の法律や地方自治体の条例などの中身に反映させることも、相談員の重要な仕事だと思います。 |
これからの消費者と生協に期待すること ──「くらしの安心・安全」を地域のすみずみに |
小林 新しい消費者基本法では、消費者は「権利の主体」であると定められました。これからの消費者はどうあるべきでしょうか。 松本 「だまされたほうが悪い」という考えは捨てて、被害を自分で訴えられるような消費者になってほしいですね。そして、被害回復にむけて自分の権利を行使できる消費者にならないといけないのではないかと思います。「相談解決の主体は消費者自身」です。 小林 小学校・中学校・高校・大学まで一貫して消費者教育を学べる場が提供されるといいですね。学ぶという意味では、生協をふくむ消費者団体も大きな役割をもっていると考えています。 松本 そうですね。とくに生協は、地域のすみずみに根をはった組織ですから、くまなく消費者教育を広げるという点では、いちばん適しているのではないでしょうか。 小林 京都生協では、いまは外で働く組合員がたいへん多くなっていますので、班会というかたちで集まることはなくなりました。その代わりに「おしゃべりパーティー」を開こうという提起がおこなわれています。「おしゃべりパーティー」は、組合員であるかどうかを問わずに参加できて、ネットワークづくりや情報交換に役立っているようです。 松本 そういう輪が地域のすべての人に届いたら、すばらしいですね。それと、ひとり暮らしのお年寄りに配達するときには、ただ商品を届けるだけでなく、一声かけていただければと思います。 小林 認知症の初期には1種類の商品を大量に注文する等の行動をとられる方が多いので、そういう兆候を見逃さないよう、配達担当者の方を対象に認知症サポーターの研修に取り組んでいます。 松本 地域で組合員の顔を見ている担当者の方が、ちょっと一声かけて目配り・気配りをしてくださったら、悪質業者が入ってきてもすぐに気づいて、被害の未然防止に役立ちます。そういう面でも生協に期待しています。 小林 生協には、「食の安心・安全」だけでなく、「くらしの安心・安全」を広げていく使命もあるのだということを自覚して、がんばりたいと思います。本日はどうもありがとうございました。 |
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