「京都の生協」No.79 2013年1月発行 今号の目次

消費者市民社会の実現へ、大きくなる適格消費者団体の役割
──消費者被害の回復にむけて、あらたな制度づくりがすすんでいます──

 就職活動中の大学生に、長時間にわたって威圧的な態度で契約をせまる英会話教室――。このような不当勧誘行為などにたいして、2007年、総理大臣から認定をうけた消費者団体によって差止請求訴訟をおこなうことができる制度が施行されました。そして、いま、実際に受けた被害を回復するためのあらたな法律の検討がすすんでいます。消費者被害の未然防止・拡大防止と被害の回復にかんする日本の法制度が大きな進展をみせているなか、消費者じしんのあり方もまた、深く問われています。


京都府生活協同組合連合会 会長理事
上掛 利博

適格消費者団体/非営利活動法人
消費者支援機構関西 理事長

榎 彰德さん

  消費者団体訴訟制度と適格消費者団体の活動

上掛 2012年8月に、これまでコープとうきょうや日本生活協同組合連合会などの理事をつとめられ全国消費者団体連絡会の事務局長だった阿南久さんが消費者庁長官に就任し、またライフステージにそった「消費者教育」の機会の提供や「消費者市民社会」をうたった消費者教育推進法が成立するなど、消費者行政をめぐって大きな変化がありました。これから国や地方自治体で「消費者教育推進法」にもとづいた計画の策定がすすめられていくことになっています。消費者としても、また生活協同組合など消費者組織としても、関心をもつ必要がありますが、消費者行政にかかわる法律用語には、一般になじみの薄い難解なものが多いように思います。
 そこで、さっそくですが「適格消費者団体」とはどういう団体で、何を目的につくられたのか、というところからお話をうかがえますでしょうか。

 それをお話しするには、まず消費者団体訴訟制度について申し上げたほうがいいですね。
 事業者の行為によって消費者が受けた被害、すなわち消費者被害は、1件あたりの被害額が比較的少額で、裁判所に訴えるにも費用負担が個人には重すぎるということで、いわゆる「泣き寝入り」で終わることが多いのですが、そうすると問題が表面化せず、その後もあらたな被害者が出てきます。
 そこで2006年の消費者契約法改正によって、消費者団体が消費者に代わって差止請求訴訟、つまり事業者にたいして、不当な行為、あるいは不当な契約条項の使用をやめることをもとめる訴訟を起こすことができる制度がつくられました。それが消費者団体訴訟制度でして、この訴訟を起こす権利を付与された消費者団体を「適格消費者団体」といいます。これまでの消費者団体は法的な「権利」をもっていませんでしたが、適格消費者団体にこのような権利があたえられたことは、画期的なことです。

上掛 適格消費者団体になるには、どのような条件がありますか。「適格」というのは、どういうことをいうのでしょうか。

 適格消費者団体は、消費者団体として消費者の権利擁護活動の実績があること、理事会に特定の業種の者や事業者の占める割合が一定以下であること、理事会の決定方法が適正であること、消費生活や法律の専門家が確保されていること、経理的基礎がきちんとしていること等々の要件を満たす必要があり、内閣総理大臣によって認定される法人です。

上掛 消費者支援機構関西(KC's:ケーシーズ)が認定をうけたのは、ずいぶん早いとうかがいましたが…。

 KC'sは消費者団体訴訟制度ができる前年の2005年に設立して、活動をはじめていましたが、2007年8月23日、消費者機構日本(COJ)とともに最初に認定をうけました。  KC'sの主とした活動エリアである近畿2府5県の生協連をはじめ、日本生協連や各生協組織のみなさんの全面的なご支援がなければ活動をすすめていくことはできませんでした。この場をおかりして、あらためて御礼申し上げます。  また、京都では、京都消費者契約ネットワーク(KCCN)が適格消費者団体として先駆的な取組みを展開されていますし、つい最近、福岡県にも適格消費者団体が誕生しました。現在、北海道から九州まで全国で11団体が活動しています。  消費者被害を防止するには、被害情報の共有が大切ですので、全国の適格消費者団体で連絡協議会をつくって、連携しています。

適格消費者団体/特定非営利活動法人 消費者支援機構関西
Kansai Consumer's Support Organization略称KC’s(ケーシーズ)
〒540−0033
大阪市中央区石町一丁目1-1 天満橋千代田ビル(2号館2階)
TEL:06-6945-0729
2005年12月3日設立
大阪府に特定非営利活動法人として2006年4月3日登記
内閣府より適格消費者団体として2007年8月23日認定
会員数(2012年3月31日現在)
 団体正会員:14会員 / 個人正会員:104名 / 団体賛助会員:51会員 / 個人賛助会員:138名

  消費者支援機構関西(KC's)の活動の特徴――企業・事業者の参画

上掛 ほかの適格消費者団体とくらべての、KC'sの活動の特徴はどのようなものでしょうか。

 ひとつは、事業者の方がたが賛助会員として参加してくださっていることではないかと思います。KC'sは、理事会メンバーなど運営に直接携わっていただく正会員と、広く支えていただく賛助会員で構成していまして、それぞれ団体会員と個人会員がおられますが、事業者の方がたの場合、団体賛助会員になっていただきます。
 この団体賛助会員には、食品製造業、流通業、保険関係など、生協の取引先を中心に、幅広い企業がくわわっておられます。
 私ども適格消費者団体の目標は、消費者被害を防ぎ、消費者の権利がきちんと守られる、健全で公正な市民社会をつくることですが、これは消費者だけの努力では実現不可能であり、企業・事業者の方がたの参画が非常に重要だと考えています。その意味で、KC'sにたくさんの事業者が参加してくださっていることを、たいへん心づよく思っています。
 事業者と消費者をまじえた「事業者セミナー」も毎年開催しています。


  差止請求訴訟の手順と成果

上掛 適格消費者団体による差止請求訴訟というのは、具体的にどんな手順でおこなわれるのですか。

 消費者のみなさまから被害の情報や相談がよせられますと、まず差止請求の対象となる法律(消費者契約法・景品表示法・特定商取引法)にてらして違法かどうかを、法律の専門家(弁護士・司法書士)や学識者、消費生活相談員、消費者団体役員で構成する検討委員会で検討します。消費者被害といっても、さまざまな分野がありますので、さらにこまかな検討グループに分かれて、専門的な検討をおこないます。現在KC'sでは14あまりの案件を検討しています。
 ここで問題があると判断した事案については、当該事業者に改善の申入れ(通常は書面)をおこないます。それによって改善されれば問題ありませんが、受け入れられない場合は裁判所に差止請求訴訟を提起します。いきなり訴訟を起こすわけではないのです。
 これまで、英会話教室を運営する事業者に不当な勧誘行為などをやめさせる訴訟、不動産賃貸会社の不当な「追い出し」条項の使用差止をもとめる訴訟、消費者金融会社に早期完済違約金規定の使用差止をもとめる訴訟などを提起して、当該企業を解散に追い込んだり、契約条項の使用差止がされたりなどの成果がありました。申入れ段階で改善された案件もたくさんあります。


  被害を受けた消費者にも役割がある――「自己責任論」を乗り越えて

上掛 悪質商法が話題になると、「だまされた本人が悪い」といった「自己責任論」が広まっている影響もあって、学生のなかにもそう考える人が増えています。このような「自己責任論」を乗り越えて、ほんとうの意味の「自立した消費者」になってほしいと願っているのですが……。

 情報の質量や交渉力において圧倒的に優位にあるのは企業・事業者で、そうした力関係のもとで不当勧誘行為や契約条項が存在しているのですから、社会の構造的な問題ですね。だからこそ、消費者団体をつくって、お互いに情報を共有し、運動を起こすことが大事になっているのだと思います。

上掛 2004年に「消費者保護基本法」が「消費者基本法」に改正されて、消費者は保護の対象としての受け身の存在ではなく権利の主体であるとされ、「消費者の権利」も明記されました。しかし、権利は法律で定められたからといって、それで十分守られるというわけではありません。
 権利の主体として生きるためには、「学ぶ主体」としてもう一歩深いところから学んで、それを通じて自分のライフスタイルを変えていくことが必要です。消費者被害についても、不当な勧誘行為や契約条項の存在を許している社会の構造的な問題という側面をとらえて、泣き寝入りせず、あらたな被害者を出さないために、社会に問題提起をしていくことが重要です。それは一人ではムリだから、仲間といっしょにKC'sのような団体をつくって、社会にインパクトをあたえるような情報を発信していく。それが「自立した消費者」の姿ではないかと考えます。
 たとえば、大学に合格したときに収める入学金や授業料にしても、数年前までは、いったん納めたお金は、入学を辞退しても返してもらえないのが当たり前でしたが、いまは戻るようになりましたね。

 授業も受けないのに授業料を払うのはおかしいという訴訟が起こされて、京都地裁は「入学金等も授業料も返還すべきである」、最高裁は「少なくとも前期授業料は返還しなければいけない」といった主旨の判決を出し、例外はありますが、原則、3月31日までに入学を辞退した者には授業料の返還がおこなわれるようになりました。この学納金返還請求訴訟は、受験生とその家族、消費者団体、弁護士さんたちが力を合わせて運動した、画期的な成果だと思います。

上掛 そうした運動によって、それまで当たり前とされていた社会通念が変わったわけですね。

 まさにそうだと思います。私たち消費者は、事業者とのあいだでトラブルになると、「いい勉強をさせてもらったと思って、あきらめるしかない」と考えがちですが、そうすると、また別の人に被害がおよんでしまうので、おかしいことはおかしいと問題提起をし、被害情報として報告すべきなのです。それは消費者の責務だと思います。
 消費者基本法には、消費者の権利だけでなく、自立した消費者、賢い消費者になるという、消費者の役割も書かれています。賢い消費をするということは、不当な行為によって消費者に被害をあたえる事業者にたいしては、みずから立ち上がって、それを改善させるよう働きかけることもふくまれていて、被害を受けた人にしか、はたせない役割があるのです。


  消費者教育――社会の仕組みや生きることの意味についての「学び」を支援

上掛 学生は、被害をこうむるだけでなく、将来、就職した先で、心ならずも加害者の立場になる可能性もありますので、被害者にも加害者にもならないための消費者教育が大切だと考えています。

 私も中学・高校の教科書を拝見しましたが、ケネディが提唱した消費者の権利の話やクーリングオフ制度、消費生活センターの話などは、かなり書かれています。しかし、もっと実際の生活に即して、日常の自分たちの消費行動を考えさせるような教育が大事ではないかと思いますね。
 たとえば電車に乗るのも、大学で授業を受けるのも、携帯電話をかけるのも契約にもとづいた消費行為であって、社会はさまざまな契約で成り立っています。不公正な契約や改善すべき契約条項も多くて、ちょっと油断すれば被害者にも加害者にもなってしまうのです。そういう視点から見ていくと、世の中の仕組みや「生きる」ということの意味が、案外よく見えてくるのではないでしょうか。そういう学びを支援する消費者教育が大切だと思います。KC'sとしても学校に講師を派遣して出前授業を開く活動にも力を入れていこうと考えています。


  集団的消費者被害回復訴訟の担い手へ、人的体制・財政基盤の強化を

上掛 これからKC'sはどんな活動に力を入れていきたいとお考えですか。

 現在の消費者団体訴訟制度では、「不当な行為や条項を、こんご差し止めてほしい」という訴訟しか起こせませんが、こうむった被害を回復させるための訴訟が可能になる、集団的消費者被害回復制度という新しい法律がいま検討されています。被害を受けた人にとっては、被害の回復があってはじめて「よかった」と思えるのですから、私どもは法律の早期制定を望んでいます。この新しい訴訟制度の担い手となるべく準備をすすめています。
 と申しますのは、国は集団的消費者被害回復訴訟の担い手団体として必要な力量を備えた適格消費者団体を、「特定適格消費者団体」として認定する方向です。
 あらたな権限があたえられることになるのですが、まだ現時点では、KC'sもふくめた適格消費者団体は足腰が弱く、人手も資金も十分ではないのです。
 私どもは認定要件をできるだけゆるやかにしてほしいと要望していますが、いずれにせよ、被害回復訴訟を担う消費者団体として、人的体制や財政基盤をもっと強化する必要がありますので、生協のみなさんにもこれまで以上のご支援をお願いいたします。


  生協の大事な活動――組合員・役職員の学習・教育

上掛 生協に期待したいことについて、お聞かせください。

 私は、愛知県の常滑市という半農半漁のまちに生まれ育ちまして、大学に入学するまで生協の存在を知りませんでした。しかし、大学で生協と出会ってからは、いまにいたるまでずっと、大学生協や地域生協の活動に参加しています。  長年、生協とかかわってきた立場から申しますと、もともと助け合いの精神でつくられた組織ですから、消費者被害をなくし、消費者市民社会を実現するうえでも大きな役割をはたせる可能性があると思うのです。生協の目的は、すべての消費者・組合員が、公正な市場のもとで健康で文化的な生活ができるようにすることですから。

上掛 消費者基本法にしめされた「消費者の権利」のひとつに、教育を受ける権利、学ぶ権利というものもあります。生協が、組合員・役職員の学習活動を大事な柱にすえていることが、いま大きな意味をもっているといえますね。

 消費者被害の実態や、消費者被害を防止するための制度、消費者・組合員のはたすべき役割などをともに学ぶことは、賢い消費者になること、消費者力アップの中身そのものではないかと思います。その意味でも、消費者被害の未然防止と拡大防止、さらに被害回復に取り組む適格消費者団体として、生協に大きな期待をしているところです。

上掛 「権利の主体」として、みずから学ぶとともに仲間とも学んで、力を合わせて運動をして社会を変えていく。そういう生き方のなかにこそ、一人ひとりのくらしをよくする展望もあるのだということがよくわかりました。本日はありがとうございました。



写真撮影・有田 知行


プロフィール:榎 彰德(えのき あきのり)

(略 歴) 1949年 愛知県常滑市生まれ
1972年 早稲田大学第一文学部社会学専修 卒業
1978年 京都大学大学院農学部研究科農林経済学専攻博士課程修了
1978年 近畿大学農学部水産学科教員
1992年 近畿大学農学部国際資源管理学科移籍
2005年 NPO法人消費者支援機構関西理事長(現在に至る)
2006年 近畿大学農学部水産学科移籍
2009年 近畿大学農学部水産学科退職
2009年 近畿大学農学部非常勤教員(現在に至る)
(専 門) 水産経済学、国際漁業論、水産物マーケティング論
(共編著) 『日本漁業の構造』(農林統計協会)、『食生活と健康』(大月書店)、『漁業考現学――21世紀への発信――』(農林統計協会)ほか
(論 文) 「タンガニーカ湖の漁業と漁民」(坂本慶一編著『人間にとって農業とは』学陽書房刊所収)、「西マレーシアにおける漁業発展の諸側面」(『地域漁業研究』第23巻)、「都市・農村交流の新段階」(高山敏弘編著『都市と農村を結ぶ』富民協会刊所収)ほか
(委員等) 大阪府海区漁業調整委員会委員、京都府内水面漁場管理委員会委員、21世紀の水産を考える会代表理事ほか
(趣 味) 写真、JAZZ喫茶めぐり
(生協での活動歴) 1990~1998年近畿大学生協理事長、1998~2009年大阪いずみ市民生協理事長、2009年大阪いずみ市民生協理事会議長(現在に至る)