「京都の生協」No.83 2014年4月発行 今号の目次

京料理の魅力を次世代につなげる
──京都の自然環境と人びとの暮らしにはぐくまれた京料理──

 料理のプロフェッショナルがつくる「お吸い物」も、わが家の「おみそ汁」も、どちらも「和食」。その和食を生みだした、日本の食と生活の習わしが、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)によって無形文化遺産に登録されました。ながく日本料理の実践的な教育にたずさわってこられた仲田先生に京料理の魅力、調理師教育の内容、次世代に「伝える」ことの大切さについて、おうかがいしました。


京都府生活協同組合連合会 会長理事
上掛 利博

学校法人 大和(たいわ)学園・京都調理師専門学校 校長
仲田 雅博さん

  世界から注目されている日本の食文化

上掛 和食がユネスコの無形文化遺産に登録されて、その記念イベントがフランスやイギリスでも開かれたとお聞きしました 。

仲田 登録が決定したのが2013年12月で、ことし2月にはフランスでフランス外務大臣主催の祝賀晩餐会、イギリスで在英国日本大使館主催の祝賀イベントを開いてくださいました。たいへんありがたいことです。

上掛 それだけ日本の食文化が世界から注目されているのですね。

仲田 そうだと思います。わたしが参加したフランスの祝賀晩餐会では、日本料理アカデミー(※)の会員18人で日本料理をつくって、招待された約60人のフランス財界の方がたに召し上がっていただきましたが、みなさん、素材の持ち味を生かした繊細な味わいと美しさをほめてくださいました。

上掛 仲田先生は、日本料理コンペティションの審査員もなさっておられますね。

仲田 ほんものの日本料理を伝えていくために、たしかな技術を身につけた人材を育てようと、日本料理アカデミーがはじめたもので、地区予選を勝ち抜いた料理人が決勝大会で技を競います。
 ことし2月の第4回決勝大会にむけては、世界に日本料理の魅力を発信すべく、海外からの応募も受け付けて、レシピ審査と地区予選で出場者を選抜しました。
 決勝大会で、肌の色もさまざまな挑戦者が真剣なまなざしで取り組む姿を見ていると、日本料理の広がりを感じました。

上掛 仲田先生が料理の世界に入られたきっかけは?

仲田 わたしは京都・西陣の生まれで、家業が八百屋でし たから、野菜と料理法をセットで提案したら売上げがもっと伸びるだろうと思って、料理の勉強をしたのですが、近所にスーパーマーケットができて、個人商店はたちゆかなくなりました。それであらためて料理の現場で修業をして、40年前から大和学園で日本料理を教えはじめたわけです。
 ちなみに、学園名の「大和」は「たいわ」と読みまして、「人の和の広がりを大きくすることで人類の福祉増進に寄与する」という建学の精神からつけられました。

日本料理アカデミー
日本料理の発展を目的に、国内外で食育や研究・研修・交流事業に取り組んでいる特定非営利活動法人。
2004年8月に設立されました。

  日本の食の慣習・文化としての「和食」、そのひとつとしての日本料理・京料理

上掛 和食は「だし」が大切だといわれます。フランスの美食術もユネスコの無形文化遺産ですが、フランス料理の「ソース」と和食の「だし」は、どう違うのでしょうか。

仲田 「だし」は、水と昆布とかつおでうまみを形成して、油脂はほぼゼロですから、軽やかな味わいです。ソースは、油脂をふくみ、「フォン」(西洋だし)を煮詰めているので、うまみが濃い分、重たくもあります。ですから、「だし」はそのまま飲むことができますが、ソースはかならず肉や魚や野菜にかけて、いただきますね。油脂を使わない「だし」でうまみを引き出す和食は、低脂肪で「健康的な食生活」という面でも注目されているのではないかと思います。
 日本は四季おりおりの新鮮な食材が手に入りますので、その素材の味を生かすために、シンプルな「だし」が発達しましたが、ヨーロッパは長い冬があったりして、同じものを長期間、食べなければいけなかった。また、硬水のため、「だし」に味がのりにくく、味に変化をつけるために濃厚な「ソース」が発達したのでしょう。

上掛 やはり自然の条件は、料理にも大きな影響をあたえるのですね。ユネスコは、和食を「『自然の尊重』という日本人の精神を体現した、食に関する社会的慣習」であると定義しています。日本の食の背景にある生活慣習や生活文化が評価されたということでしょうか。

仲田 無形の文化遺産ですから、京料理や懐石料理といった特定の料理をさすのではなく、日本の食にまつわる文化そのものが人類の遺産として認められたということになります。
 たとえば、和食の特徴のひとつに「正月などの年中行事との密接な関わり」という点があります。ふだんは質素にくらしながら、お正月には海や山や里の幸を「おせち料理」にして新年を祝い、ひなまつりには、ちらしずしや、はまぐりのお吸い物で女の子の幸せを祈り、端午の節句には具足煮やちまきで男の子のすこやかな成長を願う。そういう慣習や文化が、後世に伝えるべき文化遺産とされたわけです。

上掛 わたしは大学で社会福祉を教えていますが、人間の幸福にとって言葉(方言)や食事というのは大切な要素だと考えています。お正月の雑煮について学生さんに聞きますと、じつにさまざまな話が出てきます。「そんな雑煮があるの?」と学生どうしが驚くこともしばしばで、日本の食文化の多様性をつくづく感じます。だからこそ高齢者の食事などもですが、福祉を考えるにあたって地域性という視点が大事だなと思います。

仲田 自然環境が違えば、とれる産物も違いますので、お雑煮もさまざまな具や味付けのものがあります。やはり、一人ひとりの慣れ親しんだ味を尊重することが大切ですね。
 お祭りも、かならずその土地でとれたものが出されます。「食べものは、神様がくださった神聖なもの。それを人間が料理して、いただくのだ」という考え方はわりあい共通していますが、料理は各地方の環境や文化によって違っていて、そのひとつが京料理だと思います。


  日本料理の代表としての京料理の特徴――はなやかではあるが、豪奢ではない

上掛 日本料理としては京料理が代表のひとつになりますが、京料理といえば「高級」というイメージがあります。京料理の定義のようなものはありますか。

仲田 懐石料理や有職料理や精進料理、武家の料理、一般家庭のおばんざいなどが融合したのが京料理と考えたらいいのではないでしょうか。
 武家の料理は、高級食材をふんだんに使って、三十七膳も並ぶような豪華なものでした。とうてい食べることができない量だとわかっていても、自分の力を誇示するために、なかば見栄で出していたのでしょう。この料理で武士や豪商が酒盛りをしたのが、こんにちの宴会料理、つまり会席料理のはじまりですから、季節にさきがけて出回りはじめた、とても高価な「はしり」の食材も使います。
 それにたいして、懐石料理は、茶事の席でお茶をおいしくいただくために出される軽い食事で、一汁三菜の粗飯が基本でした。「菜」は「おかず」という意味で、三菜は膾か刺身・焼物・煮物等を指し、それにごはんとお漬物がつきます。
いまでこそ料亭で出される懐石料理は三菜どころか六菜も七菜も出てきますが、本来は「はしり」ではなく「旬」の素材を使って、豪華さではなく味を追求したお料理です。狭い茶室ですから客数も限られていて、その客を質素ながらも心をこめてもてなしました。そういう点は、京料理の「はなやかではあるが豪奢ではなく、高い品格をそなえている」という魅力に通じるように思いますね。


  春夏秋冬を味・色・香り・器・しつらえで使い分けて表現し、楽しむ

上掛 京料理は季節感をたくみに盛り込んでいるといわれますね。

仲田 日本料理のなかでも、とくに京料理は、四季を料理の味や色、香り、器、部屋のしつらえなどで表現します。味でいいますと、春は苦味、夏は酸味、秋は滋味、冬は甘味ですね。春は、たけのこ、菜の花、つくし、わらび、ぜんまい、ふきのとう、たらの芽など、苦味のあるものをいただくことで体をめざめさせ、活性化をうながします。夏は、梅などの酸味できりっと体を引きしめて、暑熱にたえます。秋は、実りの季節ですから、お米、栗やぎんなんなどの種実類を収穫して、素材そのものを味わいます。冬になると、人間は本能的に脂肪をたくわえようとするので、甘味がほしくなります。冬眠前のクマと同じですね。
 一般のご家庭では旬のものを召し上がることが多いと思いますが、京料理のお店などでは「はしり」や「名残」も大事にします。春まだ浅いころに、「はしり」のたけのこをお出しして、「わぁ、たけのこや。もうすぐ春や」と、お客さまご自身のなかに新しい季節を呼びこんでいただくような感じですね。
 色は、春を青(緑)、夏を赤(朱)、秋を白、冬を黒(玄)で表現します。これは大相撲の土俵の上の房の色と同じで、「青龍・朱雀・白虎・玄武」の四神のいいつたえによるものです。「青春・朱夏・白秋・玄冬」ともいったりしますね。相撲も料理も、そのもとには農耕があり、神様のめぐみという意識があったのではないでしょうか。
 じっさい、春には、えんどうまめや木の芽など、さわやかな青さをそなえたものがとれます。この四色に黄をくわえた五色が、日本料理の色の基本でして、わたしは覚えやすいよう、「交通信号の三色に白と黒を足したもの」と教えています(笑)。
 香りも、季節の移り変わりにあわせて、山椒なら木の芽→花山椒→実山椒→割れ山椒→粉山椒、柚子なら花柚子→実柚子→青柚子→黄柚子というふうに使い分けます。
 器について申しますと、「土もの」とよばれる陶器は、温かそうに見えますので冬の料理によく使いますし、「石もの」の白磁は涼しげに見えますので夏むきです。ガラス器も夏です。フランス料理は絵柄のない白い器がほとんどですが、日本料理のお店では、絵柄を時季ごとに変えて、漆器やかごなども使い、さらに丸いお椀、四角い鉢、長方形のお皿、蓋物などを組み合わせますから、器をそろえるだけでたいへんです。


  調理師専門学校での「学び」――理論・技術・サービス・経営・センス

上掛 料理の世界がじつに奥深いものだということがわかりました。京料理の次世代を担うプロフェッショナルを育てるとき、仲田先生はどんなことに注意なさっていますか。

仲田 京料理だけでなく日本料理の場合、理論や知識はもちろんですが、とくに技術を重視します。たとえば野菜の皮むきも、ピーラーでむくのと包丁でむくのとでは断面が違うので、味のしみこみ方も触感も変わってしまいます。触感と味は大きな関係があるので、料理教育では包丁できれいにむく技術を教えます。
  また、お店の経営ができなければ、継続して料理を提供することができませんし、サービスが上手にできなければ料理として完成しませんので、お客さまが入りやすいお店づくりもふくめて、経営やサービスの仕方を教えます。
  とくにコース料理は、さまざまな料理や器を組み合わせますので、ひとつの「舞台」をプロデュースするようなものです。そのときに大切になるのが、料理の盛り方です。料理を器に「入れる」のではなく「盛る」ことで、空間の美、余白の美を生み出す。そういう美的センスを身につけた料理人を育てる必要があると思っています。

上掛 お客さんの側も、そうした背景を知っていたほうがより深く味わえるでしょうし、料理をいただく側の文化水準が問われているような気もします。

仲田 たしかにそうです。初釜のときに、客はお茶だけでなく、掛け軸や茶道具や花器の銘を見て、亭主に「きょうは目のお正月をさせていただきました」などとあいさつしますが、本物を見ることで、客の文化的な水準も上がっていくわけですね。そういう相互作用は、茶事にかぎらず、料理の世界でも大切なことだと思います。


  京都の日常の食としての「おばんざい」――「おかず」と「常備菜(時知らず)」

上掛 「おばんざい」は、京都の日常の食として、全国にも知られるよ うになりました。

仲田 「おばんざい」は、大きく分けて「おかず」と「常備菜(時知らず)」があります。「おかず」は、たくさん出回っている旬の安価な食材を使った料理で、たとえば一本の大根をいっぺんに炊いたものを2~3日かけて食べたり、お隣におすそわけしたりしました。そうすると、お隣からは違うおかずが返ってきたりして、昔はそういう近所づきあいがあったのです。
 「常備菜(時知らず)」は、年中あるものという意味で、豆類や乾物を炊いたものです。まだ冷蔵庫がなかった時代に、水屋――昔は食器棚のことをこう呼びました――に何日か保存できるように、少し濃いめの味にしました。
 いずれにせよ、おばんざいは、ごはんをおいしく食べるおかずですから、味付けは少し甘辛くなります。それにたいして料理人が出す料理は、お酒をおいしく飲むためのものですから、うす味になります。

上掛 このごろはスーパーやコンビニなどでも、お惣菜が いろいろ手に入るようになりました。

仲田 いわゆる「中食」が売られるようになって、「おばんざい」を家で作ることが減りましたね。パック詰めされたお惣菜などは、おいしいかもしれませんが、味付けが一律で、それを食べ慣れると味覚が鈍くなります。家で作る味は、波があって、おいしいときもあれば、まずいときもある。じつは、そのことが味覚形成につながっていて、とても大事なのです。いつもおいしいものを食べていると味覚の幅が狭くなりますから、わたしは一般家庭の方には、「たまにはおいしくないものを作るのも大事ですよ」とお話ししています。
 よい素材を選んで、おいしい「だし」さえとれば、それだけでおいしいお料理ができますが、「だし」は水が大事です。京都の水は軟水で、昆布のうまみを引き出してくれます。京都のおいしい水があってこそ、「おばんざい」も懐石料理も生まれたのだと考えますと、京料理は京都の自然環境と人びとの暮らしにはぐくまれた食文化だなと痛感します。


  料理入門は、 まず食べる楽しみから

上掛 わたしの学生時代の先輩で、卒業後に働きながら調理師学校へ行って料理の技術を身につけてから結婚したという偉い男性がいます。料理がダメな、わたしが基本的なことを身につけようとしたら、どれぐらいの期間が必要でしょうか?

仲田 なかなかむずかしいご質問ですが、まずは食べることを好きになるのが大事かなと思います。食べることが好きな方は、料理もすぐにできるようになりますし、おいしい料理を召し上がると、かならず「これは何で味をつけたのか」とお聞きになります。興味と関心があるから、だんだん料理のことがわかっていくわけです。
 それと、おとなになると味覚が鈍りますので、意識的にいろいろなものを召し上がることも大切だと思います。いつもラーメンしか食べない人は、ラーメンの味付けしかわかりません。せっかく四季のある日本で暮らしているのですから、変化に富んだ食生活を楽しんでいただきたいですね。

上掛 では、まずは食べる楽しみを味わうところからはじめたいと思います(笑)。きょうはたいへん勉強になりました。ありがとうございました。


写真撮影・有田 知行


プロフィール: 仲田 雅博(なかた まさひろ)

学校法人 大和学園 理事   京都調理師専門学校 校長

日本料理専門調理師
調理技能士
ふぐ処理師
2級厨房設備士
ラ・キャリエール クッキングスクール、京都調理師専門学校において、おもに京料理の指導にあたる。食品関連企業の商品開発やコンサルティングも幅広く手がけるほか、著書も多数。「厚生労働大臣表彰」「現代の名工」を受賞。「京のおばんざい弁当普及推進協議会」会長、また「公益社団法人京のふるさと産品価格流通安定協会京野菜検定委員」に委嘱されるなど、京都と料理業界の発展に尽力している。
おもな著書
『基礎日本料理教本(上・下)』(柴田書店、1993年)
『日本料理こつ極意書』(柴田書店、1995年)
『ご飯が10倍おいしくなるおかず』(PHP研究所、2000年)
『献立が3倍になる!基本レシピのアレンジ料理BOOK』(PHP研究所、2004年)
『新・からだ思いの豆腐百珍』(淡交社、2004年)
ほか共著、多数。