「京都の生協」No.84 2014年8月発行 今号の目次

ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために
──「保育と給食のつながり」を大切にしてきた保育園──

 ふと見ると、ガラス戸の向こうからのぞく子どもたちの顔、顔、顔──。好奇心に満ちたその目は、きらきらとした輝きを放っています。
 この子たちの育ちを守るために、保護者と保育園、そこで働く職員が話し合い、協力しあってきました。「充実した給食」で知られる朱い実(あかいみ)保育園。
 “ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために”が合言葉です。


京都府生活協同組合連合会 会長理事
上掛 利博

社会福祉法人樹々福祉会 朱い実(あかいみ)保育園 園長
兼田 祐子(かねだ ゆうこ)さん

  合唱団の仲間の食事作りの経験が保育園の採用試験に役立った

上掛 兼田さんは、わたしと同じ京都府立大学の出身で、府大合唱団の一年先輩でした。兼田さんたち合唱団の女性陣3人が一軒家に下宿していたので、男性陣はよく押しかけて、ごはんを食べさせてもらいましたよね(笑)。

兼田 その経験があったので、この園の栄養士採用試験で「お客さんが来たときの食事内容を絵に描いてください」という課題が出たとき、「みんなで食べるごはん」のイメージがパッと湧いて、すらすら描けたの。後で聞いた話によると、「紙面いっぱい使って、のびのびとバランスのよい食事が表現できている」と評価されたそうです。

上掛 われわれが、ごちそうになっていたことが少しは役に立ったわけですね。

兼田 とっても!人間、何が評価されるかわからない(笑)。

上掛 京都府大での所属は家政学部食物学科でしたね。

兼田 そうです。卒業後は別の仕事をしていたけど、大学の恩師が「朱い実保育園が栄養士を探しているけど、どうですか?」と声をかけてくださったの。栄養士というと栄養価計算ばかりしているイメージがあったし、保育園の栄養士の仕事もまったくわかっていなかったけど、「夏休みがあるかもしれない」という期待もあって、採用試験を受けることにしたわけ。

 仕事をしはじめて1か月した頃、園庭に出たらまぶしくって、高いところに大きな鯉のぼりがフワーンと泳いでいてね、「ああ、わたしはこの青空のもとで仕事ができるんだ!」と感激したことは、いまでも忘れないわ。あのとき、わたしは25歳。もう35年もたっているのにね(笑)。その鯉のぼりは、いまも4月のお誕生会にあげているの。最近はそんな大きな鯉のぼりは珍しいので、ご近所のみなさんも喜んでくださっているかなと思っています。


  子どもと保護者に心を寄せて

上掛 朱い実保育園は、0歳児クラスが0歳前半と半の2つで、1~2歳児も月齢で3クラスに分けるなど、乳児のクラス分けがきめこまやかですね。

兼田 もともと京都大学の教職員や院生のための職場内共同保育所として、産休明けの0歳児保育から出発したので、その特色がいまも受け継がれているのね。1965年にスタートしたから、来年で50周年です。

 その後、認可保育所になり、77年から幼児保育にも取り組むようになったとき、朱い実保育園の「子ども像」として、「健康な子ども」「自分のことは自分でできる子ども」「意思をはっきり伝えられる子ども」「友だちを大切にし、友だちと一緒に力を合わせて行動できる子ども」「よく見て、よく聞いて、よく考えられる子ども」「意欲的にものごとにとりくみ、最後までやりぬける子ども」を決めたようです。
それからもう、37年たっているので、この「子ども像」に子どもをむりやり引き上げるのではなく、子どもの状況を見ながら、発達を援助していきます。たとえば自分の意思をうまく言葉にできないときは、おとなが言葉を添えるなどして、「こうしたいと思っている自分」とか「やろうとしている自分」を認めることができるように心がけています。

  いいかえると、子どもの思いや親の意思を尊重するというか、子どもの気持ちや願いに寄り添った保育がしたいですね。願いや困っていることに目を向けていくと、安心して落ち着いて、自分の気持ちをいってくれることが多いのね。人間である限り、私も含めて誰もが願いをもっているけれど、それぞれ苦手なことも持っているから、自分のいいところが活かせるようになったらいいかなと。そういう目線で、子どもと保護者に心を寄せて取り組みたいと思っています。


  給食室付近にドラマがある――「給食日誌」のすすめ

上掛 朱い実保育園といえば、充実した給食で知られています。

兼田 いまの給食室は、管理栄養士、栄養士、調理師が各1人という態勢です。そもそも50年前に「産休明けから集団保育をするのは子どもによくない」といわれていた時代にスタートしたから、親は「自分の仕事もちゃんと続けたいし、子どもも元気に育ってほしい。だから、保育園の先生たちも食事や保育のことをちゃんと勉強してほしい」と強く願っていたと聞いています。
そのために、当時保護者会長だった田中恒子さんが45年以上も前に病院栄養士の経験のあるお姉さんの水嶋敏子さんに話をして、朱い実保育園の給食職員として、仕事をしていただくことになったようです。いまに至るも保育所の栄養士配置基準はないのに、ですよ。

 水嶋敏子さんは、朱い実保育園だけでなく全国の保育所給食をレベルアップさせることに尽力された方で、「実践しながら記録をし、子どもや保護者から学び、いいたいことはちゃんという」という姿勢を貫き、給食室の職員も保育者と一緒に子どもの育ちを見守っていくという土台をつくってくださいました。

  一般的に給食職員は職員会議に出なくてもいいとされていた時代に、朱い実保育園では職員会議に出るのも、そこで意見をいうのも当たり前という風土がつくられていたから、やりやすかったですね。

上掛 先ほどお話に出た田中恒子さんは、大阪教育大学の名誉教授で、昨年8月発行の『京都の生協』第81号の対談に登場いただきました。田中恒子先生のお姉さんの水嶋敏子さんはまさしく『保育と給食をつないだ人』(水嶋敏子さんをしのぶ会、2007年)だったのですね。

兼田 はい。子どもにとって保育園は生活の場だし、機嫌のいいときばかりではなくて、お友だちとけんかをしたり機嫌が悪くなるときもあるのは当たり前で、そういうとき、先生に抱っこしてもらって給食室に来て、お茶やおやつをもらって気持ちを立て直して、またクラスに戻っていったりするわけ。子どもにとっても保育者にとっても、給食室がそういう場所として認識されていたんですね。給食職員と保育者の垣根が低く、相互のコミュニケーションも大事にしていたから、わたしたち給食職員も子どもへの理解が深まっていきました。

 それで給食室から見える子どもの様子もすごく大事だと思って、給食日誌を書きはじめたんです。「ドーナツを作るのを失敗したけど、○○ちゃんが『カイジュウみたい』と喜んでくれた。子どもに助けられてる!」とかね、失敗したことも、うれしかったことも書くの。
それから、おやつにトウモロコシを出すときには、子どもたちに皮をむいてもらうこともあります。その時は日誌に書いておくのね。その日誌を展示食(その日の給食見本)の横に置いておくと、子どもたちが皮むきという作業をしてトウモロコシを食べた、ということが迎えにきたお父さんお母さんにわかるでしょ。たんに「おやつ トウモロコシ」と書くだけとは全然違ってくると思うのね。給食室付近にもドラマがあるのよね。

 給食日誌は、自分のやっている仕事が子どもとのかかわりとして文字として残って、保護者にも読んでもらえるのがおもしろくて、他の園の人にも書くことをすすめました。そして、いろいろな園の給食職員が書きだし、たくさん集まってきたの。それを読んだ研究者の方が「給食室とそこに給食職員がいる意味=おもしろさのおすそ分け」ということで本にしようということで、わたしも編集委員になって『給食人』(かもがわ出版、2007年)に結実しました。

上掛 給食は「食育」という意味でも大切な位置にありますね。


  節目としての離乳食――子どもを「食卓の一員」として迎え入れる

上掛 乳児といえば、離乳食がひとつの節目であり、いわば「食育」の第一歩ですよね。

兼田 離乳食というのは、離乳食の進め方があってその通りに進めていくということの前に、「あなたは、この国や地域で、こういうごはんを食べて、食卓の一員になるのですよ」と迎え入れる意味もあるのね。だから、国や地域によって違うし、家族の就労形態によっても違っていいし、子どもの口の発達段階によっても違う、多様性のあるものです。

  その考え方を基本にすえた、わかりやすいシンプルな離乳食進行表を作って、保護者にも渡しています。共働きの家なら、具だくさんのおみそ汁を作って、やわらかくしておけば、それで離乳食は進むし、おみそ汁さえ同じなら家族として食卓を囲むことができる。だから、保護者を対象に調理実習をして、簡単なやり方を教えて、「これでいいよ」といってあげる。そうすると、親は安心できるのね。親の安心は子どもにも伝わって、子どもの気持ちも安定するんじゃないかな。 「何か気になることがあったらいってきて。なんとかできることならやるから」と声をかけて、いつも親が困っていることや、求めていることに耳を傾けるようにしてきました。

 わたしも働きながら3人の子どもを育てたから、お母さんたちが自分のおっぱいを飲ませたいと思うのもよくわかるし、子育てをしながら働く親の気持ちもわかるし、給食職員として0歳児も途中入所の子もほぼ全員、食にかかわることはわたしがオリエンテーションをしてきたので、みんな知っているの。だから、園長職を受けようと決意した、いちばんのより所はそこにあったのです。


  食物アレルギー対応の中に「宝」があった――新しい食材・調理法への挑戦

子どもたちがつくった泥だんご

上掛 食物アレルギーの子どもへの対応も大きな課題でしょう?

兼田 30年前始めたころは何もわからなかったから、子どもが食べられるものは何なのかを、まず親から学んで、アレルギー対応食を作ってきました。乳児のときは自分だけアレルギー対応食を食べていても、まだ周りが見えないからあまり問題ないけど、1歳を過ぎて、「自分はみんなと違うものを食べている」と気づくと、食べなくなるのね。
クリスマスの時のお楽しみクッキーをみんなで楽しみたいとき、考えました。そこで思いついたのが、サツマイモのクッキーでした。薄くスライスしたサツマイモを型抜きで抜いて、焼くとクッキーみたいになるし、これならどの子も食べることができるので、サツマイモは“お助け食材”でしたね。

 25年前は家からお弁当を持 ってきてもらうことも多かったけれど、せめて水曜日だけはお母さんをお弁当作りから解放しようと思って、共通で食べられる献立をあれこれ考えました。献立作りはたいへんだったけど、年長さんのクラスになると、アレルギーでない子も「きょうは水曜日やなあ。○○くんも食べられる日や!」といってくれるようになる。「みんなと同じものを食べたい」という気持ちが理解できる年齢になると、そういう言葉をくれるので、「この試みをやってみて、よかったなあ」と思いました。

 食物アレルギーの子どものことを、水嶋さんは「宝やで」と教えてくれたことがあるけど、いま、その意味がよくわかる。子どもや親が困っていることに寄り添って、できることを最大限やるなかで、新しい食材や調理法に挑戦する機会をもらえた。まさにこれが「宝やで」の意味だと思いますね。


  大事なことは、保護者、保育園、職員が話し合って決める

上掛 朱い実保育園が大切にしてきたことは?

兼田 保護者、保育園、そこで働く職員、この三者が話し合って、ものごとを決めていくことですね。保育園と、保護者会と、園の職員で構成する労働組合が、月1回の運営協議会で集まって、園の運営について話し合います。

 共同保育所から出発したこともあって、当事者意識というか、「親も園の運営の主体である」と自負している保護者が多かったから、保護者会活動も活発です。今年はバザーの意義やあり方についてみんなで考えるフリートーキングの場を企画したり、収益アップや雰囲気づくりのために、Tシャツの図柄を公募して、それを制作・販売するという取組みを保護者がしています。わたしが着ているTシャツも、そのうちの一枚なのよ。

 もうひとつ大事にしてきたことは、何か問題が起こったとき、保護者、子ども、園で働く人、それぞれの立場に立って、誰かに過重な負担がかからないような解決の仕方を、みんなで話し合って決めるということですね。

 たとえば保育士の数が少ないと子どもに目が届きにくくなるので、保育士全員がそろう時間を増やすために、10年ぐらい前に職員の拘束時間を8時間から8時間半に30分延長しました。その代わり、職員は土日に続けて休めるように、土曜日は保育士が交代で出勤することにしたんです。そうなると、土曜日は平日より保育士が少ない分、子どもの出席数も減らさないといけない。そのことを保護者にも理解してもらい、保育の必要な子どもはちゃんと保育しつつ、お休みの協力もしてもらっています。


  地域コミュニティのひとつとしての保育園の一歩

上掛 保育や子育てをめぐる社会の状況についてはいかがですか?

兼田 待機児童の解消がよくいわれるけれど、国の対策は、有資格者も少なくて、低コストで運営できる小規模な家庭的保育室等の施設に入所させる方向です。でも、そういう施設は、保育スペースが狭く、密室保育になります。
待機児童の多くは、0~2歳児なので、預けはじめてすぐは泣くのが当たり前なんだけど、保育に未熟な無資格者などだと、子どもの泣く声を出させないようにするために、布団を掛けたり、布団にうつぶせにする。そんな状況で命を落とす子どもが毎年少なくないんです。

 だから、自分で動くことができない0~2歳児の保育を、安上がりですまそうと考えないでほしい。子どもを「保育を受ける権利を有する主体」ととらえてほしいですね。

上掛 わたしはノルウェーの福祉を研究していますが、ノルウェーでは1歳以上のすべての子どもに保育園に通う権利を認め、「保育園の子どもは、保育園での日々の活動に対して、自分の意見を述べる権利を有する」(保育園法、第3条)としています。

兼田 その視点が大事ですね。それと、保護者の労働時間が延びているのも気になります。事業所内保育所をつくるのもいいけれど、子どもの立場で考えたら、親の職場に連れてこられるよりも家の近くの保育園に通うほうが幸せだと思う。
だから、子育て中の労働者が早く退勤できるような職場文化をつくったほうがいいと思うし、国も、「女性の支援」をいうなら、女性が働き続けられるような環境整備に本気になってほしいですね。そのためには、女性だけでなく男性の労働時間も短縮して、両性で子育てをするような文化を築くことが大切だと思います。

上掛 これからあらたに取り組みたいことは?

兼田 少し前に、子どもを保育園に預けていないお母さんたちを対象に、離乳食講座をしたら、台風が接近していたにもかかわらず、赤ちゃんを連れたお母さんが10人も来てくださって、「ああ、家で子育てをしている人たちは、他のお母さんと一緒に食べたり話したりする場を求めているんだな」と思いました。

 保育園は子育てのノウハウを蓄積しているので、これからは保護者だけでなく地域を対象に、まちの子育てセンターとしての役割もはたしていけるといいなと思います。

上掛 保育園が地域コミュニティのひとつとして機能するようなイメージですね。京都の生協でも、小学生から大学生までを対象に「食育」活動に取り組んでいますが、就学前の子どもたちもふくめて、協同してやれることがあればいいですね。

 わたしは昨年、ノルウェーでの「家庭と保育園の協同」について調査してきましたので、今日のお話はとても興味深かったです。ありがとうございました。


写真撮影・有田 知行


プロフィール: 兼田 祐子(かねだ ゆうこ)

社会福祉法人樹々福祉会 朱い実保育園 園長

京都府立大学家政学部食物学科卒業後、(財)日本食品分析センターで水の分析を3年間担当。朱い実保育園の元保護者であり、大学のゼミの恩師のすすめで、朱い実保育園の職員採用試験を受ける。
1980年より、朱い実保育園の給食室で栄養士として働く。(2男1女・夫)
2010年より園長として働く。

朱い実保育園の合言葉“ONE FOR ALL, ALL FOR ONE”(ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために)がプリントされたTシャツ。バザーでも人気の商品です。