「京都の生協」No.85 2015年1月発行 今号の目次

自由と平等を追求するノルウェーの福祉社会
──多様な人びとの社会的関心と政治参加が社会を支える──

 ゆきとどいた福祉サービスのもと、性別、年齢、障がいの有無、国籍を問わず、すべての人が、人間らしく働き、生活できる社会をめざすノルウェー。それを支えてきたのは、社会に関心を寄せ、政治に積極的に参加しようとする国民一人ひとりであり、国もまた、平等や機会均等を推進する政治的意思をつらぬいていると、スノーフリッドさんは力強く語ります。
(2014年10月24日に京都府立大学でおこなわれた京都ノルウェーゼミ20周年記念、府民公開特別講義「ノルウェーの男女平等とそれを支える社会福祉制度 司会:上掛利博」の後、お話をうかがいました。通訳:ノルウェー王国大使館広報担当官 仙波亜美さん)


京都府生活協同組合連合会 会長理事
上掛 利博

ノルウェー王国大使館 参事官
スノーフリッド・B・エムテルードさん
ノルウェー王国の概要(2014年1月現在)
人 口:511万人(日本の約25分の1) 公用語:ノルウェー語(2種類)、サーメ語、ノルウェー手話
面 積:38万km²(日本とほぼ同じ) 宗 教:キリスト教プロテスタント
政 体:立憲君主制(ハーラル5世国王) 通 貨:1ノルウェークローネ(NOK)=17.12円

  「人は平等である」という価値観

上掛 1994年にわたしが文部省の在外研究員として家族と一緒にノルウェーに住んでいたとき、当時、11歳と6歳の息子たちは毎日、森を散歩し、たくさんのキノコや鳥やヘラジカと出会って、大喜びしていました(笑)。それは彼らがおとなになっていくうえで、とても大切な時間だったと思います。

スノーフリッド お子さんに喜んでいただけたこと、たいへんうれしく思います。ノルウェーは、長い冬の間、昼でも薄暗い天気が続きますので、人びとは春になるのをまちわびて、森や湖に出かけていきます。

上掛 そういう豊かでかつ厳しい自然環境が、健康や福祉を重視し、ひいては人権や民主主義に高い関心を寄せるノルウェーの人びとの国民性につながっているのでしょうか。

スノーフリッド たしかに屋外で過ごす時間を大切にしたり、自然のなかで活動することが、ノルウェー人の生活に大きな位置を占めているのは事実だと思いますが、ノルウェーでは伝統的に「人は平等である」という考え方が根強くて、おそらく、その影響のほうが大きいのではないかと思います。
 ノルウェーは300年間、デンマークの統治下にあり、その後の100年間はスウェ ーデンと連合関係にありました。王国ではありますが、貴族はいませんし、社会階級もありません。だから平等になったのだという見方もあります。しかし、スウェーデンは貴族階級がありながら、平等や民主主義にもとづく国づくりを積極的に進めています。ですから、ノルウェー人の社会的指向についても、何が起因しているのかはよくわからないというのが正直なところです。


  ワーク・ライフ・バランスの前提は、労働時間の短縮

上掛 ノルウェーについて研究してみると、1970〜90年代の約20年間に、働く時間を、男性は1時間減らし、女性は1時間増やし、家事・育児の時間を(家電製品の普及もあるなか)、男性は30分増やして、女性は1時間半減らした結果、余暇と教育の時間を男女とも に1時間ずつ増やすことができたという点が重要でした。
 これを「人間として自由になるための時間」が増えたと捉えるならば、生活時間の男女平等こそは、男女がともに幸せになるための基盤であると考えることができるのではないでしょうか。

スノーフリッド たしかに自由時間が増えれば、男性であれ、女性であれ、人生の幅を広げる機会をより多く得られますし、子どもがいる家庭は、放課後の子どもの活動に親が一緒に参加する時間も増えますから、ノルウェーが幸福度・満足度の高い国に挙げられるのかもしれません。ただし、まだ女性のほうが家事労働時間が長いので、そこは今も課題です。

上掛 日本でも最近、ワーク・ライフ・バランスが課題とされるようになりましたが、ノルウェーでは、その前提に労働時間の短さがあるように思えます。つまり、ディーセント・ ワーク(人間らしい働き方)ができるからワーク・ライフ・バランスが実現できるわけです。ディーセント・ワークをあまり追求せず、長時間働く30代の男性に「もっと家事や育児を」と求めるだけでは、ワーク・ライフ・バランスは実現しないと思うのですが……。

スノーフリッド ノルウェーをはじめとした北欧の国ぐにには、労働環境法という法律があって、労働時間についてきちんと規制していますから、業種にもよりますが残業そのものがほとんどありませんし、もちろん、残業代の不払いなどはありえませんね。
 労働組合も、雇用者側の経営者連盟(NHO)も、男女平等とダイバーシティを重要項目として挙げていて、政府も含めた三者が緊密につながり、人間らしい働き方を実現・維持するために努力しています。


  ダイバーシティとは、多様な人びとの違いを受け入れること

上掛 「ダイバーシティ」(多様性)は、どのように説明すると最も正確に伝わると思われますか。

スノーフリッド ノルウェー語では「たくさんのものがここにある」という表現をします。つまり、「ノルウェーに住むすべての人」が包括されている、という意味ですから、平等についても、男女の平等だけでなく、社会的背景、民族、宗教、性的指向、年齢など、ありとあらゆることについて平等を追求します。

 たとえばLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)については、以前は同性愛者が最大の問題として取り上げられていましたが、いまは「性同一性障害(性別違和)も含めて、性的指向はさまざまなので、もっと広く捉えなければいけない」という見方が広がっています。

 こうした多様な人びとの違いを包括して定義することが最近の傾向で、かつての「男女平等オンブッド(オンブズマン)」は、「男女」という冠がとれて、いまは「平等・反差別オンブッド」となり、ジェンダー以外の不平等や差別も対象にして市民からの苦情を受け付け、監視・調査・是正勧告をおこなっています。

 ただ、規則では、同じ仕事につき、かつ受けてきた教育的バックグラウンドが同じであれば、同額の給与をもらう必要があると決められていますが、この同一価値労働・同一賃金はまだ完全に達成されてはいません。これも重要な課題となっています。

 もうひとつ大事なのは、出産や育児を理由に給与を下げたり、キャリアに支障が出るような扱いを受けてはならないという原則です。出産や子育てによって昇給やキャリア形成が阻害されてはならず、労働者はそれを要求する権利をもっています。


  政治・社会問題への関心を育てることが、高福祉社会を支える力になる

上掛 6年前に京都府立大学でノルウェー大使に講演をしていただいたとき、学生が「ノルウェーでは大学の授業料が無料だと聞いているが、そうすると学生は勉強しないのではないか」と質問しましたら、大使は「わたしには3人の子どもがいるが、日本のような高い授業料を払うことはできません。教育は社会のみんなが税金として出し合ったお金でするべきなので、ノルウェーでは社会が教育費を出しています。しかし、統計では、日本よりもノルウェーの大学生のほうが勉強時間が長いのですよ」とおっしゃって、思わず拍手しました(笑)。

スノーフリッド ノルウェーの税率は高いので、手取り収入は減ります。しかし、それは必ず社会に還元されるので、子どもの教育費や老後資金を個人で用意する必要はありません。お金が社会のなかをぐるぐる循環していることが実感できるので、「無料だから怠ける」という発想はあまりないと思いますね。
 それから、大金持ちが少なく、平均的な家庭がほとんどで、子どもは18歳になると親の家を出るのが普通です。そして、大学に進む場合は、返済不要の給付型奨学金と国の教育ローンで自分の家計を支えながら、学びます。

上掛 そうした基盤があって「18歳の自立」が実現できるのですね。
 日本では、おとなも子どもも、社会に目を向ける意識がだんだん弱まっているように思えるので、ノルウェーの学校教育では、子どもたちに積極的に質問したり議論したりするように促して、意識的に子どもたちを「社会の主人公」として育てているということが、非常に印象的でした。

スノーフリッド もし人びとが社会問題に興味をもたなかったり、社会問題に無知であったならば、彼らは政治に興味をもたず、選挙にも行かないかもしれません。そうすると民主主義は衰退してしまいます。
  政治は、どこか遠い世界のことではなく、わたしたちが住む社会や共同体のことを扱うものであり、わたしたちの生活に深く関わるものですから、小学生の段階から世界人権宣言や国連子どもの権利条約などについて、その発達レベルに応じて教えますし、異なる立場や意見について考えさせるために活発な討論を促すこともします。ノルウェーにとって「人」は大切な財産ですから、社会問題に主体的に関わる人を育てることは重要な課題なのです。
  各政党は、青年部をもち、若者に門戸を開いているので、政治家を志望する人は10代でも政治活動に参加できるようになっています。現実に、国会には、20代の議員もけっこういますよ。


  マスメディアの役割――政府・権力の監視、社会問題の提起

上掛 ノルウェーのマスメディアも、人権や民主主義について人びとの議論を促すような報道を積極的に展開していて、日本の報道の現状とはずいぶん違うようです。

スノーフリッド メディアは、政府や権力を監視する役割をずっと果たしています。同時に、社会的な問題を提起するという重要な役割も担っていますので、最近ではインターネット上でのいじめ、家庭内暴力、児童虐待等についての議論がだんだん活発になっています。

上掛 ノルウェーの人は、世界でいちばん新聞を読む国民といわれていますが、自分が住んでいる町で発行されている新聞、県レベルの新聞、全国紙などを二紙から三紙は読んでいますね。

スノーフリッド たしかに地元紙も多いですし、新聞を読む習慣は古くからあります。ノルウェー人は、出身地にこだわりをもっているので、地元紙を読みたいと思う人が多いのです。わたしの妹も、デンマークに住んでいますが、わざわざ故郷の新聞を取り寄せて読んで、いつも情報を収集しています。
 でも、若い世代は、インターネット上で新聞を読む人が多いようなので、紙媒体の新聞を読む率は下がっているかもしれません。


  地方自治体を大切にする

上掛 わたしのノルウェーの友人は、最も身近に感じるのは自分の住むコミューネ(基礎自治体)で、次が県、最後が国だと話しています。そのあたりは、まず日本という国があって、その下に都道府県、市町村があるという、日本人の感覚とはずいぶん違う気がします。

スノーフリッド ノルウェーは、人口密度が低く、隣町が離れているという地勢的な理由から、自分の住むコミュニティへの思いが強いのかもしれませんね。方言も、日本と同じようにありますが、誰もそれを矯正して、標準語で話そうとはしません。みんな、ずっと方言で話しています(笑)。
 とくに戦後、ノルウェーが力を入れてきたのは、人びとが都市に集住せず、地域に分散して住むようにすることと、地方の民主主義の確立です。ですから、地方自治体は予算に関する裁量権をもっていますし、地方のレベルで実現・実践される政策もたいへん多いと思います。
 地方の政治は、学校の運営や保健・福祉など、日常生活と関わりの深い課題を扱うので、市民の関心が高く、政治家も人びとの代表としてそこに関わっていく、という構図ができあがっているような気がします。


  障がいや病気をもつのは、普通のこと

上掛 ノルウェー政府認定音楽療法士の井上勢津さんが、ノルウェーの音楽療法は「コミュニティ音楽療法」が中心で、それまで地域の人たちは障がいのある人を「仲間」だとは思っていなかったけれども、一緒に歌ったり演奏したりするうちに「音楽の仲間」として受け入れるようになったと書いています(大島・岡本編『ノルウェーを知るための60章』明石書店)。
 つまり、コミュニティ音楽療法は、「福祉は特別なニーズのある人たちのためだけにあるのではなく、すべての人に関わっているのだ」というふうに人びとの意識を変え、その視野を「地域でともに生きる」という方向へ広げることができたとしています。ともすると地域よりも個人に目が向き、視野が狭くなりがちな日本との違いを感じます。

スノーフリッド 数十年前まで、障がいのある子どもは、社会から少し離れて、特別学級・学校に通っていましたが、いまは「それは差別につながる。社会的に包摂することが重要だ」という考え方のもとに、普通の学校に通い、さらに必要な支援があればそれを用意するという方法に変わりました。
 「違うもの」が「普通のもの」と捉えられるようになったわけです。
 その良い例が精神保健に関わる問題で、あるとき、元首相が現職中に「わたしが先日休暇を取ったのは精神的な問題があったからだ」と言いました。首相のような地位にある人が、はっきりとオープンにしたことはとても画期的で、それ以来、精神的な問題も「特殊なこと」ではなく「普通のこと」と考えられるようになり、社会的に包摂する方向になりました。
 また、前首相も、大臣だったときに父親の育児休暇を取っています。そうした行動が国民の意識に与える影響は大きいので、やはりロールモデル(※)は大切ですね。

(※ロールモデル……役割を担うモデル、模範・見本)


  「ともに生きる」社会に向けて、他国との対話と学びを大切に

上掛 「ともに生きる」という点で、日本では協同組合が環境・平和・食の安全・福祉などの運動に取り組んできました。ノルウェーの社会で協同組合はどのような位置にありますか。

スノーフリッド ノルウェーにも住宅協同組合や食品などを扱う生活協同組合がありますが、社会的な問題についてはNGOのほうが取り組んでいるのではないでしょうか。ノルウェーはNGO活動がとても盛んで、ボランティアグループやNGOなどの社会的な問題を扱う組織の位置は非常に高いですね。
 それから、福祉については、協同組合やNGOではなく社会全体すなわち国が責任をもち、税金でおこなうものだという政治的信条が根付いています。と同時に、政策を立てるとき、国は必ず、その分野で活動している民間の人たちを広い範囲でまきこみ、その意見を聴いたうえで立案します。つねにそういう過程を経て、政策的な意思決定がおこなわれているわけです。

上掛 最後に、京都のみなさんへのメッセージをお願いします。

スノーフリッド 京都に来るたび、「ああ、いいまちだなあ」と思います(笑)。また、みなさんがノルウェーに関心をもってくださることを光栄に思います。日本から遠く離れた小さな国に興味をもってくださるのは、とてもうれしいことです。
 わたしが大事だと思うのは、ある国でいいと思うことを単にコピーして別の国に持ってきても、うまくいくとは限らないので、国であれ、個人であれ、それぞれのやり方を自分で見つけなければいけないということです。
 しかし、相手を知ることは自分を知ることにつながるので、それぞれの国の経験を分かち合って、お互いから学ぶことは大切です。国は、孤立してはやっていけないので、いろいろな国と対話をして、お互いの経験を分かち合い、そこから学びあうことが大切だと思います。

上掛 ノルウェーについて知れば知るほど、日本で当たり前と思っていることが他の国ではそうではないということがはっきり見えてきます。これからも、男女平等や福祉の先進国であるノルウェーの経験から学びながら、日本の福祉社会について京都の地で考えていきたいと思います。ありがとうございました。

写真撮影・有田 知行


プロフィール:スノーフリッド・B・エムテルード(Snøfrid B. Emterud)
オスロ大学社会人類学修士課程修了。
2003年〜06年にウクライナ、2006年〜09年にベトナムの各ノルウェー王国大使館に勤務し、外交、内政のほか、ベトナムへの開発援助を担当。その後、オスロのノルウェー外務省安全保障政策局で、軍縮・核不拡散問題のアドバイザー。
2012年3月東京のノルウェー王国大使館に参事官として赴任。
4歳と9歳の子どもの母。