「京都の生協」No.91 2017年1月発行 |
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再生可能エネルギーで、希望ある社会を創る!
── そのカギを握るのは主権者としての市民── |
ある日突然、東京の人びとの頭上に大きな雹(ひょう)が降りそそぎ、ロサンゼルスの街は巨大な竜巻で壊滅、イギリスではオイルが凍結するスーパー・フリーズ現象が起き、ニューヨークは大洪水と高潮に見舞われるなど、異常気象で多くの人びとが命を落とす―。2004年に公開された映画「デイ・アフター・トゥモロー」は、地球温暖化がある時点まで進むと急激でかつ破壊的な環境変化をもたらすことを警告して、大きな衝撃を与えました。 和田さんのお話は、これが絵空事ではないことを示唆していて戦慄をおぼえる一方で、希望を与えるものでした。温暖化防止に真摯(しんし)に取り組んでいる国には、自覚的・主体的に行動する市民の姿がみられ、それが新しい社会発展に結びついています。 (和田さんのご自宅でお話をうかがいました)
![]() 和歌山大学客員教授/自然エネルギー市民の会代表/ 元日本環境学会会長/元立命館大学教授 和田 武(わだ たけし)さん |
![]() 京都府生活協同組合連合会 会長理事 (京都府立大学公共政策学部教授) 上掛 利博 |
「京都議定書」から「パリ協定」へ |
上掛 わたしは研究の関係でノルウェーに行くことが多いのですが、「京都から来た」と申しますと、「COP3の“KYOTO”か?」と問い返されることがよくあります。これはもちろん、1997年に京都で気候変動枠組み条約の第3回締約国会議が開かれ、そこで初の地球温暖化対策の国際的枠組みである「京都議定書」が採択されたことをさしているのですが、北欧の人たちの地球環境問題への関心の高さを表すものだと思います。 この「京都議定書」の成果の上に立って、2015年12月にパリ協定が採択され、昨年11月に発効しました。非常にスピーディーな展開ですね。 和田 採択から1年を待たずして発効するというのは、異例の速さです。京都議定書は先進国中心の温暖化対策でしたが、その後、発展途上国の温室効果ガスの排出量が急激に増えて、現在では先進国より途上国の排出量のほうがはるかに多くなっています。
こうした状況を受けて、パリ協定では、産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑え、さらに1・5度未満にするという努力目標も新しくかかげたのです。これはパリ協定の大きな成果です。
※島嶼国(とうしょこく) 島々から構成され、大陸から距離が離れているため、開発上困難を有する発展途上国。 |
温暖化がもたらす回復不可能な危機― その①凍土融解や海洋酸性化 |
![]() 上掛 つまり、温暖化というのは、単に地球の気温が上がるだけの話ではないということですね。 和田 そうです。先ほどお話しした以外の現象も頻発して、水不足や食料難など、人間の生存を脅かすような状況が生まれると同時に、いちばん大変な事態として予測されるのは不可逆的な環境破壊です。
別の不可逆的環境破壊の現象として、海洋の酸性化があります。CO2は水に溶けると炭酸になるので、大気中のCO2濃度が上がると海水は酸性側に傾きます。そうすると、貝やサンゴ、動物プランクトンといった海中生物の「殻」はボロボロになり、増殖できない。もし動物プランクトンが死に絶えたら、それを捕食している小魚は生きていけず、小魚を捕食している大きな魚も生きていけなくなる。そうなると生物の絶滅や食料問題にもかかわってきますが、このままCO2濃度上昇が続くと、そういう事態が21世紀半ばに世界中の海で起きる可能性がありますし、現実に酸性化はすでに進行し始めています。 上掛 食料問題にも影響するとなると、本当に深刻です。 和田 それだけではありませんよ。「殻」は、炭酸カルシウムの塊、つまりCO2を固形化したもので、それによって海水中のCO2を減らしています。地球は、こうした生物の作用のおかげでCO2を減らすことができていて、だからこそ、海はCO2を吸収し続けてきたんですね。
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温暖化がもたらす回復不可能な危機― その②海洋大循環の停滞や停止 |
![]() 和田 また、海洋の熱塩循環の停止という事態も起こるかもしれません。熱塩循環というのは、赤道付近の水が極地付近に流れ、極地付近で海底に沈み込んだ水が逆に赤道付近に向かうという、海流のダイナミックな動きのことです。ヨーロッパ地域はメキシコ湾流という暖流が北上することで温められる一方、海水は冷えると重くなるので、北極や南極付近で海底に沈み始めます。同時に、塩分は凍らないので、極付近の海水の塩分濃度が上がり、これも極地の水を重くする作用となって、表面の水を海底に沈めます。こうした海水の動きが自然界のポンプ役を果たしているおかげで、ヨーロッパは緯度が高いにもかかわらず暖かいのです。
ほかにも、海水温の上昇が進行していますが、深海に大量に存在するメタンハイドレートからメタンガスが吹き出す可能性もあるのです。このような事態になると気温上昇は10度以上にもなりかねません。こうした段階まで突き進んでしまうと、いま予測しているような事態ではすまず、人間の健全な生存も脅かされかねないのです。だから、パリ協定では、2度未満という目標と、1・5度未満という努力目標をかかげ、世界のCO2等の温室効果ガス排出を21世紀後半には実質的にゼロをめざすことにしたのです。 |
アメリカでも、ヨーロッパでも、産業界が変わり始めている |
![]() 上掛 日本で地球環境問題を語るときには、必ず「IPCCの報告は科学的根拠がない」とか「CO2は温暖化の原因ではない」といった話が出てきますが…。 和田 IPCC、すなわち「気候変動に関する政府間パネル」は、国連環境計画と世界気象機関によって設置された、地球温暖化に関する科学者集団の組織で、日本の研究者も参加しています。温暖化問題にきちんと対応するためには、科学的な研究の成果や予測的な研究をふまえる必要がありますから、IPCCはこうした研究成果をふまえて、第5次評価報告書を出しました。温暖化に関する現段階の人類の科学的な知見は、この報告書にすべて集約されています。
ところが日本では、学校教育での位置づけが低く、それが影響して、世論調査でも「温暖化対策はしんどくて面倒なものだ」という声が少なからず出ますし、政権や経営者団体や電力会社が温暖化対策に後ろ向きなので、いまだに懐疑論がはびこる状況を許しています。
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再生可能エネルギー普及のカギは「市民参加」 |
![]() 上掛 日本でも風力発電に取り組んでいる地域がありますが、時に反対運動が起きたりしています。欧州では、どのように折り合いをつけているのですか。 和田 デンマークは、風力発電所を建てる場合、発電能力の20%以上はその地域の住民所有でなければならないと法で定めています。つまり、市民参加による再生可能エネルギーの生産を重視しているわけです。そうすると、立地計画の段階で、どこに風車を建てれば住民に迷惑がかからないかといった市民の意見が反映されて、トラブルが回避でき、風力発電の普及がスムーズに進みます。
ドイツでも、再生可能エネルギー発電設備の46%は市民所有で、それに公営企業や地元企業などの地域主体が生産するエネルギーを加えると、じつに3分の2のシェアを占めます。出力500キロワット以下の小規模設備になると市民所有だけで約70%、地域主体を含めると80数%にのぼります。
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市民が学んで、市民が広げる再生可能エネルギー |
![]() 上掛 ヨーロッパの風力発電は、まず市民が取り組んで、それを普及する制度も市民の要求でつくられ、その結果、再生可能エネルギーの普及が進んだというお話でしたが、そのように主体的・自覚的に行動する市民を育てるためには、教育の役割がたいへん重要だと思います。和田さんは、大学での環境教育にも尽力されましたね。 和田 文系・理系を問わず、どの学部の学生も地球環境問題をきちんと学べる科目をつくろうということで、1991年に大学環境教育研究会を立ち上げ、この研究会で『環境問題を学ぶ人のために』(世界思想社、95年)という入門書をつくりました。
上掛 一般市民を対象にした「社会教育」の面では、どのような取組みが考えられるでしょうか。 和田 やはり再生可能エネルギーに対するきちんとした理解を広げる必要がありますね。たとえば「自然エネルギー学校」という取組みは、京都で98年に始まって以来、毎年、講義やフィールドワークをおこなっています。これを受講するために全国から集まった人たちが、やがては自分の地域であらたに自然エネルギー学校を立ち上げる例もあって、再生可能エネルギーの担い手を養成するうえで大きな役割を果たしています。
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消費者として、生産者として、主権者として |
上掛 ドイツやデンマークの経験からは、市民が自然エネルギーの生産に参加し、積極的に関与してきたことが、社会の発展にもつながったことを意味しているように思います。それはつまり、民主主義の成熟した社会をつくることになるのではないでしょうか。 和田 まったく同感です。デンマークやドイツが再生可能エネルギー先進国になったのは、適切な政策の早期採用と市民の積極的な参加があったからですが、市民は参加を強制されたわけではなく、みずから積極的に動きました。これはまさに民主主義の成熟度の高さの現れだろうと思います。 上掛 協同組合においても、たとえば、ならコープが、太陽光発電所の売電収益で組合員の再生可能エネルギー普及活動をサポートするために「再エネ協同基金」という組織を立ち上げるなどの動きがあります。 和田 「再エネ協同基金」は、私も評議員としてかかわっている取組みです。日本でも電力自由化がスタートしましたが、残念ながら、まだ再生可能エネルギーで100%供給できる電力会社はありません。つまり、再生可能エネルギーの生産比率を高めないと、いくら消費者が脱原発を望んでも実現しないのです。
上掛 生活協同組合が、消費者市民の組織として、環境保全や再生可能エネルギーの普及に自覚的に取り組むことは、平和で民主的な社会の形成につながるという関連を理解することができました。本日は、ありがとうございました。 |
写真撮影・有田知行 |
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