「京都の生協」No.94 2018年1月発行 |
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生協で働く人も学生も、ともに成長できる場としての協同組合
── 龍大生協の「組合員参加」「職員参加」のとりくみ ── |
大学生協には、安く美味しく食べられた食堂、質の良い大学ノート、文庫や新書がぴったり収まるスチール書棚、『読書のいずみ』で本が紹介される書籍部にずいぶんお世話になりました。近年は、旅行、運転免許、就職講座といった多様なサービスの提供、ときには学生のフィールドワークの場にもなるなど、入学から卒業まで、学生生活と大学事業の心強いパートナーとしての存在感を増しています。 龍谷大学生協の寺島和夫理事長が提唱する「臼型経営」は、組合員と職員の参加を大切にする生協運営のあり方として興味深いものです。
![]() 京都府生活協同組合連合会 会長理事 (京都府立大学公共政策学部教授) 上掛 利博 |
![]() 龍谷大学生活協同組合 理事長/龍谷大学経営学部教授 寺島 和夫(てらしま かずお)さん |
生協との出合い |
上掛 生協とは、どのようにして出合われたのですか。 寺島 学生時代に、組合員になったのが最初です。その後は龍谷大学に教員として着任してからです。しばらくは一組合員にすぎなかったのですが、たまたま親しくしていただいている先生方が大学生協の要職を務めておられました関係で、2011年度から理事会の仕事をさせていただくことになった次第です。 上掛 大学に来られるまでのお仕事は? 寺島 大阪府立産業能率研究所(以下、能研)で、商業経営部門への配属になり、中小企業の支援策や地域の商業の育成策づくりに関する診断・指導、調査・研究の仕事をしていました。大学の専攻は、生産や組織の効率的運営について数学的にアプローチする経営工学で、コンピューターのプログラミングも学びました。能研で商店の方々へのヒアリング調査や統計資料を調べるといった実務を経験するなかで流通とも出合い、経営学・コンピューター・流通の3つの問題を融合するようなかたちで問題意識を持つようになりました。 上掛 中小企業診断士の資格をお持ちでしたが、合格率が7~8%の難しい資格と聞きます。学生時代に取得されたのですか。 寺島 経営工学を学ぶ身として、いずれ取りたいと考えて受験の準備をしていましたが、実際に取得したのは能研に在籍していたときです。東京にある中小企業大学校の診断士養成講座に派遣していただきました。 中小企業診断士は、平たくいえば経営コンサルタントです。同種の資格では唯一の国家資格で、経営全般を見て判断する仕事です。最近はニーズが高まり弁護士や会計士等と並んで人気を集めているようです。 |
赤字解消は「理想のビジネスづくりのチャンス」ー参画経営の試み |
![]() 上掛 理事長に就任されたとき、龍大生協は累積赤字を抱えていて、それを10年で解消するという目標を立てられました。そのさい、経費削減の「コストカッター」としてではなく「理想のビジネスづくりのチャンス」と受けとめられたそうですね。 寺島 はい。最初は赤字解消が最大の使命だという意識で理事長を引き受けたのですが、たずさわるうちに、あらためて大学生協のミッションは学生・職員・大学への貢献であって、収益向上ではないということを意識するようになっていきました。つまり、生協は、生きがいを持って働くことができる職場をつくり、学生を中心とした組合員のよりよい生活を実現していくという理念を純粋に追求していける組織であり、収益はその結果なのです。 グローバル化する経済のもと、強い企業はより強くなり、社会が勝ち組と負け組に分断されるような動きが加速して、これからは社会がますます不安定化していくことも懸念されます。そういう状況下にあって、生協は助け合いでよりよい社会を形成するという理念をベースに活動できる組織ですから、その存在がより重要な意味を持つ。そういう意味で、「理想のビジネスづくりのチャンス」という表現をしました。 といいますのは、大学で経営学を学び始めたとき、大阪府立大学の竹山増次郎先生から「人間性回復の経営」や「参画経営」ということを教えていただきました。これは、当時さかんにおこなわれていたQCサークル活動(小集団改善活動)を通して、職場のみんなが問題を解決していき、その成果を発表しあうなかで職場が活性化し、個人も成長していくという考え方で、経営学の楽しさ・魅力との出合いでした。「参画」という言葉についても、まだ一般的でなかった当時において卓越した視点を感じました。これらがわたしの経営学の原点となっています。そして、龍大生協はこの考え方が実践できる場所ではないかと考えるようになったのです。 そのようなことから、「生協職員が成長できる職場づくり」と「顧客満足の追求」ということを、機会あるたびに訴えたところ、正職員・パート職員の皆さん方は本当によくそれに応えてくれました。単に稼ぐためでなく「学生・教職員のために」ということを強く意識してくれている人が多くて、本当にありがたかったです。これは大学生協の強みですね。 それとあわせて、事業連合の食材仕入れの一本化により、食堂の収益力が向上しました。職員の意識や行動が進化したことと経営の仕組みの改善によって、予想以上に収益が上がり始めまして、就任7年目の今年度中に赤字を一掃できるめどがたつところまできました。 |
龍大生協を「一人前のサービス業」に |
![]() 上掛 理事長として「一人前のサービス業をめざす」という方向性を打ち出されましたが、そういう発想はどこから出てきたのですか。 寺島 大学生協は、学内で営業していて、ビジネスモデルとしては顧客セグメントや立地などで優位性を持っています。それはよい面でもある反面、学外との競合や成長という観点では少し弱いところがあるということを、理事会に入ってみて感じました。 いま、大学はオープン化の流れのなかにありますから、今後はキャンパス内でも、外部の企業と直接的に競合を迫られる時代が到来することが予測されますし、すでに部分的にそのような状況になりつつあります。生協も、サービス業ですから、みずから組合員に高い満足や価値を提供できるよう切磋琢磨していかないと将来の生き残りが厳しくなる。それを表現したのが「一人前のサービス業」という言葉です。 上掛 わたしは大学で社会福祉の考え方を教えていますが、福祉の現場では相手が一人ひとり違うのでマニュアルどおりにはいきません。もちろん、制度や技術はきちんと身につける必要がありますが、対象が人間ですから「一人ひとり」に対応できることが大切ですし、それが福祉の仕事のおもしろみでもあります。その点はサービス業と似ている気がします。 寺島 たしかに似ていますね。サービスは人はもちろん、TPO(時・所・場合)によっても、求められるものが変化しますので、本当に多様です。顧客満足の視点からは、サービスの平均的な水準を上げつつ、臨機応変な対応でそのバラツキを抑える必要があります。サービスの水準を上げるためにマニュアルは役立ちますがそれがすべてではありません。 本学にも出店されているスターバックスコーヒーは、高い顧客満足度を誇るお店でありながら、マニュアルがなく、従業員の教育に力点を置いているそうです。やはり働く人の意識や理解がなければ、十分なサービスは成り立たないのです。龍大生協もその点については大きな資質を持っていると思います。 |
働く人の経営参加によって好循環を生む「臼型経営」 |
![]() 上掛 職員の意識を変えるという点で、寺島さんは「参加型経営」という考えをさらに進めて、「臼型経営」を提唱されています。これについて教えてください。 寺島 従来の組織は、トップ・中間管理層・現場という階層で構成され、上からの指示で動く、いわゆるピラミッド型が一般的でした。これは、組織として統一された動きをするという点ではいいのですが、そこで働く人たちが主体的に取り組んで、生きがいを持って働くという点では難しい面もあります。言われたことはするけれども、自主的に判断して動くかたちにはなりにくいからです。 サービス業のように顧客満足を追求する組織では、このような上から指示して人を動かすやり方には限界があり、顧客との接点にいる現場の人間が臨機応変に対応しなければなりません。そこにはマニュアルを超えた部分も多いので、現場が一定の権限を持つことが大事な要素となります。それをやりやすくした経営スタイルがアメリカのノードストローム社に代表される逆ピラミッド型経営です。現場に権限委譲し、中間管理層やトップは働きやすい環境づくりによって現場を支え、現場の自主判断をしやすくするというスタイルを採ります。 ただ、逆ピラミッド型は不安定ですし、「権限委譲」という言葉からは、まだまだ「最終判断を下すのはトップである」という「上から目線」的要素も強いような気がします。 それに、ピラミッド型も逆ピラミッド型経営も、大きな組織が前提になっているような気がします。龍大生協は総勢百数十名のこぢんまりした組織ですから、生協が大切にしている「組合員の参加」だけでなく、働いている人たちも経営に参加してもらうかたちがいいのではないか。組織のベースになるビジョンや経営計画をつくる段階で、働いている人たちに参加してもらい、「自分たちの意見が反映されている」と感じてもらえたら、ことさら「理念の共有」や「コミュニケーションの強化」を強調しなくても、自然に浸透していくのではないかと考えています。 つまり、生協の現場で働く人たちも経営に積極的に参加してもらうことで、学生組合員は質の高いサービスを受けることができて学生生活の質が向上し、それが生協で働く職員の喜びと生きがいになって、さらにそれが高度なサービス提供につながる。「参加→共有(浸透)→協調→幸せな職場」の好循環が生まれるのではないかと考えています。 それは、ピラミッド型と逆ピラミッド型を重ねる形で表すことができます。ちょうど餅つきの臼のようなかたちになりますので、「臼型経営」と名付けました。 上掛 なるほど、単なる「権限委譲」ではなく「参加」がカギになるのですね。そういえば、臼の形は、お餅つきを連想して、なにか幸せな雰囲気がしますし、形そのものに安定感があります。 寺島 ありがとうございます(笑)。ただ、それだけで経営問題が解決するのではなくて、やはり職員のマネジメント能力がもう一つのカギになると思っています。つまり、パート職員を中心とした現場の力を、各店舗の店長やマネジャーがどこまで引き出せるかですね。 われわれ経営層も、職員の声をつねに聴き、現場で何が起こっているのかを把握し、頑張りに対しては評価をして、報償で応える必要があります。経営層の課題もあれば、中間管理層のマネジメント能力の問題もある。そういうなかで、現場の人たちが主体的に働けるような仕組みをうまく回していくのが臼型経営だろうと考えています。 |
学生が体験・成長する場としての大学生協 |
![]() 上掛 寺島さんは、ご自身のゼミで、龍大生協をフィールドにした調査実習を学生たちとなさっていますね。 寺島 はい。わたしのゼミでは、「小売業・サービス業における顧客満足」をテーマにしています。当初は外部企業に調査協力を依頼して、ゼミ生が店頭で調査し、そのデータを分析して改善提案をしていたのですが、ふだん学生が利用するお店ではないので距離感があり、現実をふまえた提案には難しい面がありました。それで、わたしが生協の理事会に入ったのを機に、調査対象を龍大生協の店舗に切り換えました。 そうすると、学生にとっては、生協はふだん使っているお店なので、一利用者として感じていることも多く、データの収集・分析や問題の発見、改善提案などをすることの意味もより強く感じられたのでしょう。彼らは、週1回のゼミだけでなく、自主的に研究会を開くなどして懸命に取り組み始め、発表のレベルも格段にアップするようになりました。学内外で発表を重ねて、賞をいただくことも増えましたし、生協職員の前でプレゼンテーションをすることもあります。 わたし自身、実社会も見てきましたので、学生には社会人基礎力を身につけさせたいと常々思ってきました。これは大学で知識を得るだけでは身につきません。経験をとおして納得しないと、知識は自分のものにならないし、まして社会人としての基礎的な力も身につかないのではないでしょうか。そういう体験の場としてみてみると、生協はじつに大きな役割を果たせるということを実感しています。また、そのような場をもっと広げていけると思っています。 上掛 大学生協が大学のパートナーとして存在するからこそ、専門の学びという点においてもそのような貢献ができるのでしょうね。 寺島 そうですね。生協は、組合員が「参加して、経験を積んで、成長していくことを支援する」という使命を持っています。とくに大学生協は、大学生活と大学への貢献という使命もあります。たとえば、学生の知的生産を支援するために、あらためて読書にも目を向けて、みずから読み、咀嚼し、思考するという体験に学生を誘うような取り組みも進めていきたいと考えています。それこそ、まさに大学生協ならではのサポートではないかと思いますね。 |
学生の主体的に取り組む力を引き出すのも、大学生協の大切な役割 |
![]() 上掛 協同組合そのものについては、どのようにお考えでしょうか。 寺島 わたしは龍大生協における限られた経験しかありませんので、うまく答えられるか心許ないですが、やはり社会や地域への貢献という理念がありますし、とくに消費者の組織である生協は、組合員が運営者でもあり、社会の仕組みそのものを体験できる場でもあります。そのため、今後はより存在感を高めていけるし、またそうあらねばならないと思います。 上掛 本来、協同組合の運営のあり方として、「参加」をなによりも大切する組織という側面があります。 寺島 そうですね。「参加」は生協活動の基本であると同時に、その重要性が高まってきています。ただ、いかに組合員に参加してもらうかは、大切なだけに非常に難しい課題ですね。龍大生協でも、学生委員会や学生理事の立場を通して参加してもらったり、イベントを通じて一般学生にも参加してもらう機会を増やしていますが、まだまだ不十分だと思っています。 たとえば理事会の運営についてみますと、専務が事業実績や計画について資料を準備・提案し、異議なく承認されることが多いわけです。しかし、学生理事が経営数字を読みこなす力を身につけることで、議論をより活発にすることができると考えますし、何より社会的基礎力につながっていくことが期待されます。 それから、学生1人あたりの年間利用回数も重要な指標で、この指標を見ると供給高からは見えない部分が明らかになってきます。ちなみに、龍大生協の年間利用回数は約100回ですから、だいたい2日に1回の利用だということがわかります。これを毎日来店してもらえるようにするには、どうすればいいのか。こうした思考方法を積み重ねていけば、他人事ではなく自分事として生協運営を考えられるようになるはずです。 学生委員会の活動も、これまでの活動の踏襲ではなく、自分たちはどう考えてその企画をおこない、その結果、どうだったのかということを、自分たちの言葉でしっかり報告することを意識的に求めていますし、今後も力を入れていきたい。 このような活動を通して、学生から主体的に取り組む姿勢を引き出し、その成長を支援することは、これから大学生協が特に力を入れていくべき部分だと思っています。 上掛 学生組合員が「主人公になる」ということは、自分の頭で考えることであり、そのためには「数字を読み解く力」も必要で、理事会や学生委員会が学生にそうした成長を促す場にもなっていって、そこに参加することで学生が育っていくと素晴らしいですね。あらためて「人間の成長の場としての協同組合」について、あるいは組合員が主人公になることの具体的な中身について考えさせられる興味深いお話をうかがえました。ありがとうございました。 |
写真撮影・有田知行 |
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