「京都の生協」No.96 2018年8月発行 今号の目次

映画を観ることは、知らない世界=文化を経験すること
── 映画館で味わう「映画を観る」豊かさ──

映画館のシートに身を沈めて、携帯電話の音源を切り、大きなスクリーンに描かれる、不条理な世界やつつましやかな暮らし、苦い思いや小さな喜びを味わう。偶然そこに居合わせた人びとと一緒に涙をこらえたり、笑ったりする。そして、エンドロールでたくさんの人たちの力をあわせて製作されたことを味わって照明がつき、外に出ると、いつもの街が少し違って見えてくる。映画館で映画を観るという行為は、旅に出ることとどこか似ているような…。「出町座」はそんな気持ちにさせる場所です。


京都府生活協同組合連合会 会長理事
(京都府立大学公共政策学部教授)

上掛 利博

制作・配給・劇場「出町座」支配人
田中 誠一 (たなか せいいち) さん

  映画との出合い

上掛 最近の私の趣味は映画で、映画館で観る作品に限っても年間100本ほどです。60歳からシニア料金(1100円)で観られるようになったのも大きかった(笑)。出町座の会員でもありますし、今日の対談はとても楽しみにして来ました。

映画との関わりは、旧「京都朝日シネマ」の会報に、イギリスの炭鉱夫一家を描いたジョン・フォード監督「わが谷は緑なりき」の思い出について書いたことからです。その後、相米慎二監督「夏の庭」の原作者の湯本香樹実さんと対談をしたり、配給会社からシンシア・スコット監督「森の中の淑女たち」を試写で観て映画評を書いてと頼まれたり、福祉文化学会が『映画の中に福祉が見える』(中央法規出版、1994年)という本を出したときに、「わが谷は緑なりき」とチャップリンの「ライムライト」について福祉の視点から読み解いて書いたこともあります。

田中さんと映画の出合いは、いつごろですか。

田中 それは子ども時代のことなので、はっきりとは思い出せませんが、大学時代は学内サークルの映画研究会に入ったり、当時開かれていた京都映画祭を手伝ったりしました。この映画祭の一部門として京都国際学生映画祭(※)が始まったのが、ちょうど1回生のころです。当時、河原町三条にあった京都朝日シネマでアルバイトをしたり、野外演劇の会場で1週間ぐらい野宿しながら記録担当をしたりして、学生時代を過ごしました。

※京都国際学生映画祭 : 関西圏の大学生が中心となり企画・運営をおこなう日本最大の映画祭、1997年から開催され、京都府生協連も協賛している。


  どんなに小さなまちでも、 映画を楽しんでほしい

上掛 出町座の経営主体のシマフィルム株式会社は、舞鶴市と福知山市でも映画館をやっておられますね?

田中 もともと映画制作のために設立された会社で、本社は舞鶴市にあります。京都府北部は、映画を観る場がなくて、福知山市や舞鶴市にはシネコン(※)すらありません。過疎化が進んで、大手は採算がとれないから参入しないのです。でも、そこに住んでいる人たちがいるのだから続けなければいけないということで、うちの社長がもともとあった映画館の経営を高齢になった館主さんから引き受けることにしました。

上掛 大学院生のころ、福井県から敦賀市・舞鶴市をへて豊岡市まで地域調査に行ったことがありますが、指導教授から「映画館がいくつあるか調べろ。映画館の存在が、地域の文化水準を示している」と諭されました。すでにそのころまでに映画館は次々に閉館していて(1960年ごろは全国に約7500館あったのが、80年代半ばには2000館ほどに)、とても残念に思った記憶があります。

※シネコン : シネマコンプレックス(複数のスクリーンがある映画館)の略称。


  なぜ出町柳なのか?

上掛 出町座の前は、日本映画発祥の地(シネマトグラフの試写に成功)、木屋町で「立誠シネマ」を運営しておられましたね。惜しまれながら閉館されましたが…。

田中 もともと立誠シネマは、小学校の統廃合で使わなくなった立誠小学校の活用方法が決まるまでの限定的なプロジェクトでした。

上掛 立誠シネマは、床がギシギシ鳴ったり、すきま風が入ってきたりと、なかなか味わいのある建物でしたね。それを出町桝形商店街(鯖街道の終点)に移転したわけですが、なぜこの商店街を選ばれたのですか?

田中 京都市内で新しく映画的な文化施設を立ち上げるとしたら、出町柳駅周辺がいいと考えていました。その最大の理由は、他の劇場のエリアとぶつからないということです。京都市周辺の場合、映画館の立地は四条通りとJR京都駅前と郊外のシネコンという横のラインしかなく、それより北のエリアには劇場は存在しないので、棲み分けるには北に向かわないとバランスがとれないだろうと考えたわけです。 なおかつ、京都市の北東部は、市内でも文化的なエリアであるわりに、これまで日常的に映画文化を享受する場がありませんでした。だから、移転するなら出町柳のあたりだなと最初から決めていたのです。

上掛 このあたりは、同志社や府立医大、京大など大学も近いし、学生が集まる地域ですね(鴨川デルタ公園には、時代劇俳優「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助の像も)。出町座に来るお客さんも、学生が多いですか?

田中 おそらく他のエリアに比べたら、学生さんの割合は多いと思います。でも、中高年の方も少なくありませんし、幅広い年代の方が来てくださいます。うちは会員制を採っていて、会員数は現在約2000人です。これだけたくさんの方に通っていただけるのはありがたいことです。


  文化の発信拠点として

上掛 出町座の1階にはカフェや書店が併設されていますが、そのメリットはいかがですか?

田中 もちろん、すごく感じます。というよりも、ここを設計する段階から、映画だけでなく多様な文化の発信拠点にしたいと思っていました。

上掛 古い映画のパンフレットが売られていて映画ファンにはうれしいですし、映画に関する本もいろいろ置かれていて参考になりますし、楽しめます。さすがですね。

田中 一般書もありますが、映画の本の比率は他の書店に比べると多いです。もちろん、上映中の映画に関連した本も並べます。映画を入り口にして、いろいろなことに興味を持っていただけたらうれしいので。

上掛 3階はフリースペースで、脚本の書き方などの講義もされているとか?私も先日、映画鑑賞後の講演会に参加し面白かったです。

田中 立誠シネマのときから、映画人を育てる事業として「シネマカレッジ京都」をやっていまして、ここでも続けています。フリースペースですから、カレッジの講座以外にもギャラリーやイベント等に使っていただくことができます。

上掛 出町座ができてから、隣には古本屋さんができるなど、商店街全体が変化してきたと生協の組合員さんたちからも注目されています。

田中 この通りをよく歩いているおじさんに、「最近、ちゃんとした服を着てる若い子らがいるから、寝間着みたいな格好で歩けへんわ」と言われました(笑)。そう言いつつ、そのおじさんは寝間着まがいの服で歩いていますが、この商店街には有名な和菓子屋さんもあるから、そこの豆餅を目当てに、ちゃんとした身なりの観光客やおしゃれな服できめた若い人たちもたくさん来ます。そんな多様な人たちが歩きながら、商店街としてバランスがとれている。この状態はすごくいいと思うし、私は好きですね。 私としては、この地域が活性化することが大切だと思っているので、そのために出町座も何かできればいいなと思っています。


  映画ファンから声をあげる

上掛 私は大学で福祉について教えているので、学生たちに「映画から学べることがたくさんあるよ」と、いろいろな作品を紹介する関係でパンフレットも購入しています。ところが、最近のパンフレットはデザイン優先で、たとえば、白抜き文字で地色が水色とかオレンジ色だと、もう老眼鏡世代にはお手上げです。それに文字が小さくて読みづらい。読み手の立場に立った改善を切に願うのですが…。

田中 映画の配給・宣伝の担当者は、映画ごとにターゲットをしぼって、その客層に情報発信をしようと考えます。だから、20代中盤から40代前半の世代をターゲットにした作品なら、パンフレットもその世代の感覚にフィットするように、ミニコミ誌やZINE(※)みたいなデザインにして、サイズも持ち歩きやすいようにコンパクトにする。一方、山田洋次監督の「妻よ薔薇のように 家族Ⅲ」となると、パンフレットは大判サイズで、白地に黒く大きな文字で、読みやすくする。つまり、どんなパンフレットにするかはターゲット次第であって、ユニバーサルなデザインという発想で制作するのは非常に難しいこともあります。 とはいえ、若い世代をメインターゲットにした作品であっても、中高年の方々が観ないわけではないので、作品を届ける側は、どうすればそういう客層にも受容してもらえるかを把握しておいたほうがいい。そのためにも、まずお客さんから声をあげたほうがいいと思いますね。

※ZINE : 個人的に作られた少部数の出版物。


  口コミで広がる、 地味な映画も大切に

上掛 上映作品は、田中さんがすべて選ぶのですか?

田中 そうです。

上掛 選ぶ際の選択の基準はありますか?

田中 もう、そのときの“ノリ"としか言いようがないですね(笑)。ただ、映画史的な文脈で重要な作品もあるし、お客さんに支持されるだろうという作品もあるし、世界情勢のうえで大切な作品もあるので、それらのバランスをとろうと思っています。そうするには2スクリーンが必要で、うちはそれができますから。

上掛 見逃した映画が、しばらく経って出町座で上映されることがあって、とても助かります(笑)。

田中 たとえば韓国映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」もそうですね。この作品のように、中小規模の映画で、派手な宣伝もない作品は、口コミでじわじわ広がるパターンが多いのです。そういう作品は本来、封切りの時点でもっと上映されるべきなのですが、シネコンは最初の土日の動員数でその後何週やるのか、何回上映するのかを決めていますので、中小規模の映画は上映回数がすぐに減ってしまいます。そうすると、観た人が「よかったよ」と周りに薦めた時点で、もう終了しているか、最終週に入っていることが多い。だから、うちが「やりましょうか」と手を挙げることになるわけです。 やっぱり映画は、口コミがいちばん強いので、観た人が「よかったよ」と言ってくださるのが最も影響力がありますね。


  映画館で映画を観る意味

上掛 最近は、映画をインターネットで観る動画配信サービスや、宅配DVDレンタルなどもあって、映画はもっぱら家で観るという人も多いようです。しかし、映画館には大きなスクリーンがあり、電話にも邪魔されない2時間が確保され、周りには同じ映画を観ている人たちがいて、家で観るのとは違った楽しみがあります。それを学生たちにも味わってほしいのですが、映画館に足を向けてもらうにはどうすれば?

田中 映画館で映画を観る楽しさは、言葉で説明してもわかりにくいので、まずは体験してもらうことがすごく大事です。それも幼少のころの体験として残っていないと、感覚的に映画館のよさがわからないから、おとなになっても映画館に行かないし、「同じ作品が観られるなら100円で借りて観たらいい」と思ってしまう。だから、決め手は子どものころに、おとなに手を引かれて、わざわざ暗闇のなかに連れていかれて映画を観た…という体験を持っているかどうかです。

若い人たちに「いちばん最初の映画館の記憶って何?」と聞くと、彼らの答えはほぼ同じで、男性は「ドラえもん」、女性は「プリキュア」です。逆にいえば、彼ら彼女らの映画館体験の記憶はそこに集約されていて、その意味では、ドラえもんやプリキュアが果たしている役割はとても大きい。映画を制作・配給する側は、そういう責任を自覚しながらやっていかないといけないと思います。

それともうひとつ、私が思うのは、街場の映画館とシネコンは同じなのか、それとも違うのかということです。その答えはまだ出ていませんが、シネコンが日本に定着し始めて20年近くなりますから、いま二十歳前後の人たちはシネコンができ始めたころに生まれた世代です。もし彼らにとってシネコンの印象が変わるようなことがあれば、街場の映画館との違いがもう少し明らかになるような気がします。

アメリカでも、ネット配信が当たり前になり、客も作品も人材もそちらに流れてしまったので、映画館に客を呼び込むために高音質や3Dや4Dなどでアトラクション的なやり方を追求してきました。でも、それも最近はかなり飽きられてきて、その反動で、小さくてもいいから自分たちで居心地のいいスペースとして映画を楽しめる場所をつくろうという動きが起こっているようです。

その意味では、あらためて映画館で映画を観る意味が問われているような気がしますし、映画の企画にしても、少なくともアメリカでは、制作費はあまりかからなくてもアイデアや熱意や手法に見るべきものがある映画のほうが、観客からも支持される例が増えています。


  映画館で、知らない世界を のぞいてみよう!

上掛 「出町座」や「京都シネマ」「京都みなみ会館」など単館系の劇場は、会員制を採ったり、上映中の映画のチラシも出してくれたり(ファイルに保存して記憶にとどめています)と、細やかな気配りをして映画ファンを増やすことに貢献されていますし、それはひいては文化を育てることにつながっていると思います。これから文化を担っていく若い人たちに向けて、伝えたいことはなんですか。

田中 だまされたと思って、とりあえず映画館に映画を観に来てほしいですね。特に学生は、自分の知らないことのほうが多いけれど、自分が認識していないこと=世の中に存在しないことではないので、世の中には自分が認識していないこともあるのだということを知って、「自分に合っているかどうかわからないから、試しに行ってみよう」というスタンスで、映画館に来てほしい。知らない世界に触れてほしい。それで少し違うと思ったら、別のことに向かえばいいんです。

もちろん、自分の知っていること、興味のあることを深く究めることも大切ですが、それと同じぐらい、視野を広げて、未知の世界に触れることが大事だから、自分の価値観や自分の知っていることを信じすぎないほうがいいと思います。

上掛 その点では、大学生協が学生の読書をすすめるために「大学4年間で本を100冊読もう!」と呼びかけている「読書マラソン」にならって、「映画マラソン」を企画したらどうでしょうか? 京都の映画館と大学生協が組んで、「大学4年間で映画を100本観よう!」という取り組みができたら、シネマ体験をする学生が増えると思うのですが…。

田中 それはいいですね。若いときに100本観たら、その後の人生はすごく違ってくると思います。

それも、べつに出町座で観なくてもいいんです。たとえば京都文化博物館のフィルムシアターは、すごく充実したアーカイブを持っていて、溝口健二や小津安二郎などをはじめとした日本映画の名作群を所蔵していて、通年で様々な特集上映を組むなどしています。しかも、料金は学生で400円、一般でも500円ですから、本当に利用したほうがいいと思いますね。

上掛 京都府が建てた文化博物館のフィルムシアターは、「学生のまち・映画のまち京都」の貴重な財産ですから、映画に関心のある人だけでなく一般の学生や府民にも広く知られて、もっと利用されるようになると良いですね!

今日は個人的にも関心のあるお話をうかがうことができ、とても楽しかったです。

ありがとうございました。


写真撮影・有田知行


プロフィール:田中 誠一 (たなか せいいち)
出町座運営/プロデューサー(制作・配給)/シマフィ ルム株式会社所属。

略歴
京都朝日シネマをはじめいくつかの劇場スタッフ(モギリ~映写)を経験し、京都・大阪で自主上映企画を実施、映画祭運営、映画制作に携わる。関西の劇場公開映画の宣伝を請け負っていた頃、『おそいひと』の公開に携わったことを契機にシマフィルム入りし、『堀川中立売』(2010年)製作から始まるシマフィルムの京都連続シリーズ(『天使突抜六丁目』『太秦ヤコペッティ』)製作に参加。また、映像制作ラボKyotoDU主要メンバーとしても活動。2013年より元・立誠小学校を拠点に〈立誠シネマプロ ジェクト×シネマカレッジ京都〉事業を立ち上げ、番組の編成、イベントや講座の企画運営および現場責任者を担う。2017年、当事業を元・立誠小学校から移転し、〈出町座〉 を立ち上げる。