「京都の生協」No.98 2019年4月発行 今号の目次

子どもの貧困や孤立を生まない社会をつくる
── 子どもが幸福に暮らせるまちは、だれもが暮らしやすい──

各地に「子ども食堂」が生まれるなど、子どもの貧困問題に、社会の耳目が注がれています。日本では7人に1人が、食べ物や住む家が無いという、目に見える「絶対的貧困」ではなく、平均的な文化水準や生活水準以下の「相対的貧困状態」=孤立などの「見えない貧困」のなかで暮らしています。
幸重さんは、そうした家庭の子どもたちに寄り添い、その声に耳を傾けて支援をしてこられました。さらにその先に見つめているのは、貧困や孤立を生まない社会のあり方そのものです。


NPO法人こどもソーシャルワークセンター 理事長
幸重社会福祉士事務所 代表
NPO法人山科醍醐こどものひろば 前理事長

幸重 忠孝(ゆきしげ ただたか)さん

京都府生活協同組合連合会 会長理事
(京都府立大学公共政策学部教授)

上掛 利博

  新聞奨学生の生活体験で学んだ貧困や孤立

上掛 幸重さんには2年前、京都府立大学の大学院で集中講義と講演をお願いしましたが、そのとき私は、世界で最も子どもが幸福な国ノルウェーへ「子どもの貧困」調査に出かけていたので、お会いできませんでした。きょう、お話しする機会が得られて大変うれしく思います。幸重さんが子どもの問題に関わるようになられたきっかけは?

幸重 出身は岡山県で、母が「おやこ劇場・子ども劇場(こどものひろば)」といった地域の子育て支援に取り組む市民団体の役員をしていまして、私も地域の人たちに囲まれて育ちました。そこの大人たちは、命を危険にさらしたり他人を傷つけたりする行為は止めますが、できるだけ介入せず、子ども同士の話し合いを大切にして、自由にさまざまな企画書づくりや体験を子どもにさせてくれました。そして大学生になり京都に出た時、「山科醍醐こどものひろば」でユースリーダーになりました。

今、子どもの貧困や孤立化の問題に関わるようになって感じるのは、浪人時代の経験の大きさでした。大学で社会福祉を学びたかったのですが、当時は介護保険制度も始まる前で、岡山県内には福祉を学べる大学がなくて、関西の大学を受験しました。でも、受験に失敗して浪人することになり、地元で親の経済的援助を受けることには抵抗があったので、関西の新聞奨学生に応募して、自力で予備校に通うことにしました。まかないの食事付きで、宿舎もあり、予備校の授業料も払えるだろうと思ったからです。

ところが、配属された販売所の実態は、事前に提示されていた条件とは全然違って、とにかくひどいものでした。

あまりにもつらくて、4月に同時に入った3人の仲間は全員、5月の連休前に辞めてしまい、ひとり残った私も「こんな生活、もう耐えられない」と毎日泣いていたのですが、そのとき、ふと思い出したのが「こどものひろば」でした。そこに行けば同世代の仲間に会えるはずだと。

もちろん、予備校にも同世代の若者が身近にいましたが、彼らが友だちづくりをする放課後は、新聞奨学生にとっては夕刊配達のために帰る時間ですから、4月が終わる頃にはもう予備校の友だちグループができてしまい、その輪の中に入れない私は予備校でひとりぼっちでした。

この体験は、私の核心になっていて、子どもたちや若者の苦しみを体感として理解するうえで大きな経験値になっています。貧困問題や孤立化が話題になると、「住み込みでも頑張れるはずだ」とか「自分も中卒で頑張って働いて、家庭を持てた。現代の子どもももっと頑張れるはずだ。甘いのではないか」という声を耳にしますが、私が体験したように、周りに同世代の若者がいても、生活サイクルが違えば関係をうまくつくれず孤立してしまうし、何より子どもは現代の地域で生きているのですから、昔と比較などできないのです。


  児童養護施設の職員、大学教員、そしてスクールソーシャルワーカーに

上掛 新聞奨学生時代の孤立というご自身のつらい体験を経て、大学で福祉を学び、大学院には働きながら通われたとか。

幸重 児童養護施設の職員をしつつ、大学院では福祉専門職のメンタルヘルスについて研究しました。たとえば保育士さんは、もともと子どもが好きだったはずなのに、仕事になった途端にしんどくなっていくことが多い。そういう姿を見て、職員の気持ちにゆとりがないと子どもにも影響があるのではないかと思ったからです。

上掛 その後に、大学教員の経験もおありですね?

幸重 それは少し複雑な経緯がありまして、学生時代からスクールソーシャルワーカーという仕事に関心があり、大学院で実習をしたら、実習先の教育委員会が高く評価してくださって、有償で週1回、学校で相談員をしないかというお話をいただきました。

上掛 学校の相談員というのは、スクールソーシャルワーカーのことですか。

幸重 最初はその名称の相談員ではありませんでしたが、10年ほど前に国が事業化したことから今はスクールソーシャルワーカーと名乗っています。原則として社会福祉士や精神保健福祉士の有資格者で、学校の先生や児童相談所などと連携しながら、学校の先生とは違うアプローチの仕方で子どもの環境を改善できるように支援する仕事です。それは私のめざす仕事につながる第一歩だったのでお受けすることにしたのですが、そうなると週4日は空くので、たまたま公募されていた大学教員に応募したら採用されたというわけです。2つの大学で合計8年間、教えましたが、教育と研究の仕事が出来たことは、とてもよい経験になりました。


  子どもの意見をちゃんと聴くことの意味

上掛 「貧困」といえば「自己責任」が追求されがちな日本でも、対象が子どもとなると本人に自己責任は問えないということもあって、2014年から「子どもの貧困対策推進法」が施行され、予算が付くなどしています。

幸重 たしかにこの5年ぐらい、法整備が進み、社会問題として関心を持つ方も増えて、生協も他団体とともに「子どもの未来アクション」に参加して、啓発活動に取り組まれていますが、やはりその理解は実態から乖離しているかなと思います。

それを典型的に表すのが、「とても大変な状況に置かれている子どもなら救わないといけないが、少しぐらいならがまんしろ」とか「がんばる親や子は応援するが、やる気のない、がんばれない親や子は応援しなくてもよい」という考え方です。そういう言葉や考え方は、問題の根っこがわかっていたらまず出てこないはずなのです。

上掛 問題の根っこという点で、私が研究しているノルウェーには、そもそも日本のような生活保護中心の制度はありません。すべての高齢者に暮らせる額の年金を保障していますし、障がいのある人には労働能力に応じた障害年金が支払われ、ひとり親家庭には子ども手当などが「倍」支給されていますので、生活保護制度を必要としていないのです。生活できる賃金額が保障されていますので、日本のようにシングルマザーの人がダブルワークをしても生活保護基準以下の賃金しか得られないということはありません。

また、憲法のなかに「子どもの権利条約」や「女性の権利条約」が含まれ、(18歳までの)子どもの権利については、小さい頃から「自分たちは意思表示ができ、自分たちの意見を聴いてもらうことができ、それを尊重してもらえる」ということが教えられています。国のトップから地方行政の担当者、保育園の理事・園長・職員、親や地域の人びとも、みんなが「自分たちの仕事は子どもの権利を守ることだから、第一に子どもの意見を尊重しなければいけない」と理解して、法律やガイドラインが整備されていて活用されています。

幸重 だれひとり孤立させない社会に向けて、ちゃんと手が打たれているのですね。いじめ対策にせよ、子どもの貧困対策にせよ、日本では、法律ができたとはいえ、子ども不在の議論が進んでいて、より孤立化が進み、生きづらさを抱える子どもたちが増えています。いわゆる「専門家」の大人たちだけで検討して、子どもの意見をちゃんと聴くことができないと、どうしても実態とズレてくるというのが私の実感です。


  プログラムなしの、ほっとできる居場所づくり

上掛 幸重さんは、子どもの貧困には3層の構造があると分析されていますね。

幸重 3層の頂点は家庭から離れて児童養護施設で暮らす子どもたち、2層目は生活保護家庭の子どもたち、3層目は相対的貧困状態にいる子どもたちです。施設の子どもたちや生活保護家庭の子どもたちについては、まだまだ不十分ながら社会資源が着実に増えていますが、3層目の、貧しいにもかかわらず行政にキャッチされていない家庭については社会資源不足ですし、せっかく社会資源ができても、そこにつながるチャンネルを見つけられていません。そこにどう踏み込むかが大きな課題です。

上掛 生活保護家庭に対して蔑視したり、バッシングが横行することも多いので、貧困状態にあっても受給をためらう人が少なくありません。貧困でありながら生活保護などの制度につながっていない家庭への支援が、日本の現状では不足しているのですね。

幸重 そうです。そういう子どもたちに何が必要だろうか、と考えたときに始めたのが地域での居場所づくり、しかも学校や学童保育が終わった後の、夜の居場所づくりでした。貧困家庭では夜も親が働くことなど多くありますから、夜の居場所づくりこそ私たちが地域で取り組まねばと思ったのです。

地域の居場所では子どもたちに100%のハッピーは用意できないけれど、ハッピーがゼロになると生きる力や未来への夢が奪われてしまう。私の経験を振り返っても、たとえ10%でもハッピーがあれば踏みとどまれるから、無理のないかたちで夜の居場所をつくろうと、仲間たちと話し合いました。

上掛 それが午後5時から午後9時までの「トワイライトステイ」ですね。昼間の居場所は?

幸重 「ほっ」とるーむという名前で、午後5時までやっています。夜も昼も、登録した子どもたちが利用しますが、決まったプログラムはありません。子どもは、したくなければ何もしなくてもいいし、マンガを読もうがスマホをさわろうが自由で、大人は子どものしたいことに合わせます。なぜなら私たちの日常生活がそうだからです。学校や職場のような予定が組まれていない場が居場所ですから、そこは大切にしています。

ただ、夕食と入浴はプログラムに組み込みました。夕食は生活の基本ですし、養育放棄によって身なりを整えられない子も対象として想定していましたので。


  「事業ありき」ではなく、子どものニーズから出発する

上掛 「eatalk」(イートーク)という取り組みもなさっていますね。

幸重 これは子ども食堂です。トワイライトステイと「ほっ」とるーむは利用登録をした子どもたちが主な対象ですが、「eatalk」はふらっと自由に参加できる、いわば食事付きの居場所で、これも週1回の取り組みです。来ているのは、昼や夜の居場所に来ていて、さらにもう1日来たい子が多いですね。

居場所も、子ども食堂も、もっと回数を増やしたいのですが、行政の支援がないとなかなか難しいのが現状です。

上掛 福祉や教育のように人間に関わる分野には、人もお金もちゃんと配分しないと社会が安定しないし、子どもの権利も守られません。

それにしても「eatalk」というネーミングは、eat(食べる)とtalk(おしゃべり)の掛け合わせで、しかも「良いトーク」、とても素敵です。

幸重 ありがとうございます(笑)。居場所を卒業した後、「たまには話したい」とか「グチを聴いてほしい」と言って、やって来る子もいますね。

なかには、居場所に何年か来て、ようやく就職までたどり着いたのに、結局、退職してしまう子もいますが、そういう行きつ戻りつもあって当たり前だと思っています。辞めたにせよ、一度は働いたという実績ができたのだから、ここにふらっと来て、いったんエネルギーを補充して、また働こうと思ったら働けばいいのです。

上掛 そういう就労に困難を抱えた子どもへの支援が「ジョブキャッチ」という取り組みですね。

幸重 学校を中退したり不登校になったまま年を重ねると、社会体験が不足して就職できない若者が生まれます。「ジョブキャッチ」は、そうした若者の一人ひとりに合わせた個別プログラムを展開して、あいさつや初対面の人と関わる力をつけていきます。

どの事業も、まず事業があって、それを子どもが利用するのではなく、出会った子どもが何に困っているのかを考えて、それを事業にしていきます。だから、ここに来た若者たちには、「きょうは居場所でほっこりするの? それとも仕事をしようと思って来たの?」と聞いて、若者が仕事を選んだら交通費程度の作業賃金を渡します。そのようにして、若者に手をさしのべたり、必要であれば尻をたたいたりもしますね。


  専門家でないからこそ、できることがある

上掛 お話をうかがっていると、このセンターの多彩な事業は、大人の意図や都合ではなく、子どものニーズに合わせて組み立てられていることがよくわかります。それは、幸重さんの「ソーシャルワークは、人間を相手に、いろいろな創意工夫をして、人の力を引き出したり結びつけたりしながら問題解決に向かうという点で、本来はとても創造的で、おもしろい仕事ではないか」という提起と通じ合う気がして、私もたいへん共感を覚えます。

幸重 なぜ自分はこのような事業を発想するのだろうと振り返ってみると、子ども時代や若者時代に地域の「こどものひろば」のような活動のなかで、話し合ったり、自分の関心のあることに取り組むことを大人たちが応援してくれたりした経験があるからではないかと思うんですね。

それから、居場所づくりに取り組み始めたときに話し合ったのは、「すごすぎて真似できない、先駆的な取り組みは全国にいくつかあるけど、ぼくらはそれはやめよう。ぼくらが救える子どもたちの範疇は限られているのだから、みんながぼくらの活動をいいと思ったときに真似できるパッケージにしよう。それが広がって、社会やまちの構造を変えていくことが大切なのだから」ということでした。

さらにいえば、いわゆる「専門家」と呼ばれるプロが子どもをみることへの違和感も少し感じています。特に貧困や孤立の問題を抱えている子どもたちは、当たり前の暮らしをしたいだけだから、「まちの力を借りよう。ボランティアのお兄さん・お姉さん・おっちゃん・おばちゃんの力が大事やねん」と。

ただ、子どもが困って相談してきたら、私は専門家としての力をフルに発揮して、すぐに動きます。日ごろはくだらない話もするけれど、困ったときはすばやく対応してくれる。そこを子どもは見抜いているのかなと思います。その意味で、子どもはとても敏感です。

それと、人とのコミュニケーションに難しさを抱えた子どもは、大人の愛情を試すためにわざといたずらをするなど、いわゆる「試し行動」をします。それによってボランティアが疲れてしまうとよくないので、ボランティアの人数は子どもよりも多くしています。大人のほうが多いことは、教育現場では「子どもの自立の機会を奪う」としてタブー視されますが、私たちの居場所は「教育する場」ではないので、温かい大人たちに囲まれてホッとできることを大切にしています。


  問題を生みだす社会そのものを変えるために

上掛 地域のいろいろな人が子どもたちと多様に関わるようになって、「子どもに関わる文化」のようなものが豊かな地域になっていくと、高齢者や障害者も含めて「みんなが暮らしやすいまち」になるような気がします。

川端子どもたちが生きている世界は、まさに私たちの住んでいる地域そのものですから、子どもたちの貧困や孤立の問題に関わる人や場所を増やしていくことは、問題そのものを生みだす社会構造やまちを変えていくことにつながるだろうと思います。

子どもの問題は、貧困だけに限定する必要はなく、何かしらの生きにくさを抱えている子どもや親はたくさんいるはずですから、取り組みは広がらないといけない。だから、われわれは子どもたちを自分たちで囲い込んだりしないで、できるだけオープンでありたいと考えています。

上掛 生活協同組合も、地域で介護事業や生活支援を担うなどしていますが、これからは経済だけでなく、地域で「生活文化の水準を向上させる」ことが求められてくると思います。

文化というのは結局のところ人間が担うのですから、いかに人を育てるのかが問われます。その点、このセンターがある地域で、幸重さんたち大人と関わっている子どもたちが可能性を持って育っているところに、地域社会が人間的なものに変わっていく確かな希望があるのではないかと思いました。本日はありがとうございました。


写真撮影・有田知行


プロフィール:幸重忠孝 (ゆきしげ ただたか)氏
特定非営利活動法人こどもソーシャルワークセンター 理事長
(社会福祉士)

略歴
1973年生まれ。岡山出身。児童養護施設職員、大学教員を経て、現在、滋賀県大津市にこどもソーシャルワークセンターを設立。地域のボランティアの力を借りて夜の居場所など様々な子どもの居場所づくりと活動を広げる取り組みを行う。また、滋賀県でスクールソーシャルワーカーや龍谷大学の非常勤講師も行っている。主な著書に『貧困とひとりぼっちのないまち』『まちの子どもソーシャルワーク』(かもがわ出版)