「京都の生協」No.99 2019年8月発行 今号の目次

地域で学び、地域に貢献し、地域を変える。
── 福知山の地で学び育つ若者たちとともに──

福知山公立大学は、私立の前身校から福知山市が設置者を引き継いで2016年に開学しました。この大学には、自分のまちを元気にしたいという夢を抱いて地域に出かけ、地域の人びととともに学びを深めている学生と、彼らを温かく見守りその成長を促す職員、教育研究を通して地域に貢献しようと奮闘する教員が集っています。


福知山公立大学 学長
井口 和起(いぐち かずき)さん

京都府生活協同組合連合会 会長理事
(京都府立大学公共政策学部教授)

上掛 利博

  府北部の中心的なまち―福知山

上掛 先生は福知山のご出身ですので、まず始めに、まちの紹介をお願いします。

井口 由良川沿いの丘陵地に開けた地域で、原始古代から人が住んでいた形跡があり、本学の敷地内の武者ヶ谷遺跡からはきわめて早期の縄文土器が発見されました。都市化したのは、明智光秀が福知山城を築城した戦国末期以降です。

由良川という、日本海と京の都を結ぶ重要な水運に恵まれ、京から周防国に至る山陰街道も通り、近代に入ると大阪と舞鶴を結ぶ阪鶴鉄道(現JR福知山線)と京都・下関間を結ぶ国鉄山陰本線の2線が交わる地になりました。現在もJR西日本が福知山支社を置いていますし、さらに宮津までは第三セクターの京都丹後鉄道の宮福線が走っています。 いわば交通の要衝で、京都府北部の中心的なまちと言えるでしょう。古くから人や物や情報の往来が盛んなまちでしたから、一般的に「商業のまち」と言われますが、平成の大合併で新たに加わった大江町・三和町・夜久野町は農業の盛んな地域です。藍染という伝統産業もあります。

来年のNHKの大河ドラマの主人公が明智光秀に決まり、ここ福知山でも話題沸騰です。また、戦前・戦後を通して外交官・国会議員・内閣総理大臣として活躍した芦田均や、日本画家で文化勲章を受けた佐藤太清を輩出したまちでもあります。

上掛 1974年には長田野(おさだの)工業団地ができています。

井口 それによって工業都市の様相も持ち始めましたが、残念ながら地元の企業との結びつきは少なく、団地内の工場生産に必要な部品等のほとんどは京阪神地域から届きます。地元企業が特にIT関係で長田野の受発注に対応できる能力を備えないと、地域経済の振興にはなかなか結びつかないわけです。

地場の企業のなかには、製造業で大きく成長して長田野に入っている例もありますが、多くはありません。福知山は、綾部と並んで、明治から昭和前期にかけては繊維産業が盛んで、郡是(グンゼ)や鐘紡(カネボウ)などの工場もありましたから、それらの工場用の製造機器を生産する企業も、小規模ながらありました。

上掛 地域経済によい循環をもたらすような地域の産業が生まれると良いですね。
ところで、地方での人口減少の問題が注目されて久しいのですが、福知山はいかがでしょうか?

井口 10年ほど前は8万人以上で、現在は7万8千人と、やはり少しずつ減っています。ただ、減り方は府北部の他の地域に比べて緩やかですし、不思議なことに、多くの地方都市が人口を減らした高度経済成長期においても、福知山市は人口規模を維持しました。これはやはり、交通の要衝だったからだと思われます。
それに、福知山市内の職場や学校に兵庫県域から通う人たちもあり、昼間人口は多くなっています。そうした背景もあって、あまり人口を減らさずに推移してきたのではないでしょうか。


  なぜ「市立大学」ではなく「公立大学」なのか

上掛 大学の設置者は福知山市ですが、大学名を「福知山市立大学」ではなく「福知山公立大学」とされているのはなぜでしょうか?

井口 本学は「地域密着型大学」を標榜していますが、この場合、私たちがイメージしている「地域」は、いわゆる丹波・丹後地域である府北部の5市2町と、兵庫県北部の5市2町の但馬地域です。 兵庫県北部も含むのは、丹波市、豊岡市、養父市、朝来市、丹波篠山市と境を接していて、人の往来も多いからですが、本学の学生の出身県で最も多いのも兵庫県です。
われわれは、この丹波・丹後・但馬の10市4町を「北近畿」と呼び、この地域に密着し、この地域の人びとともに学び、その学びをこの地域に還元できるようになろうと考えました。そういう決意と「北近畿の各市町も大学の共同の設置者になってほしい」との願いをこめて、「福知山公立大学」と名付けたのです。
ちなみに、この北近畿地域10市4町の人口規模は60万人弱です。

上掛 そうすると、北近畿の圏域では、大学と地域の協働の取り組みはどのようにおこなわれているのですか?

井口 昨年度は、京都府はもちろんのこと、兵庫県の丹波市・朝来市と包括連携協定を結び、但馬信用金庫、京都北都信用金庫をはじめJRや京都丹後鉄道など交通機関などの民間企業とも連携協定を結びました。

また、豊岡市には兵庫県立大学の大学院地域資源マネジメント研究科(豊岡ジオ・コウノトリキャンパス)があり、本学に隣接して京都工芸繊維大学の福知山キャンパスもあるので、本学を含めた3大学と京都北都信用金庫・但馬信用金庫・ウィラートレイン・JR西日本福知山支社が連名で呼びかけて、2017年に「北近畿地域連携会議」を立ち上げました。
これは、いわば大学と民間企業などの緩やかな連合体で、相互に情報を共有して、そのなかから地域の課題を見いだして共同研究をおこない、その成果を発表するとともに、シンクタンク機能をも果たすことをめざしています。
現在、域内の約50の民間企業の参加を得ていて、事務局長は本学の富野副学長が務めています。

上掛 連絡会議には、行政も参加しているのですか?

井口 各市町とは包括連携協定を結んでいますので、あえてメンバーとしての参加はお願いしていません。周辺からサポートしていただければありがたいと思っています。

上掛 共同研究の成果は?

井口 高齢ドライバーによる交通事故が目立つようになり、運転免許の返納を求める声が大きくなっていますが、この地域は公共交通が不便ですから、車を運転できないと買い物にも行けないし、農家の元気なお年寄りは軽トラックを乗りこなしておられるから、それを取り上げたら農作業ができなくなります。ですから、この地域に適した折り合いのつけ方について提言をまとめ、発表しました。 若者の地域への定着促進や交流人口を増やす方策も研究テーマですが、まだ実態調査の段階で、提言に至っていませんので、研究を続けています。


  地域まるごと大学化―地域協働型教育研究

上掛 学生教育においては、フィールドワークを重視した「地域協働型教育研究」を前面に掲げられていますね。

井口 すべての学生は、入学時から教員と一緒に週1回、フィールドワークに出ます。その対象は、旧市街地の商店街、三和・大江・夜久野といった農村地域、医療機関など、市内のあらゆる地域や産業分野です。

1・2年次はフィールドで人びとと広く接しつつ、地域課題を調査・分析するために必要な方法を身につけます。3年次になると、自分の関心に基づいて研究テーマを絞り、ゼミに所属して研究を深め、その成果を4年次に卒業論文という形にします。この授業は卒業まで必修科目です。
この「地域協働型教育研究」においては、大学教員による教室での授業だけが学習の場ではありません。地域の人びとは学生にとって教師でもあり、若者とともに学生でもあります。つまり、地域がまるごと大学になるわけです。

一昨年度は、こうした地域経営学が学問として成り立つのかどうかを問い、『地域経営学とは何か─福知山公立大学の挑戦』を紀要別冊第一号にまとめました。教育的成果についても、若手の先生方を中心に昨年度『福知山公立大学における地域協働型教育の「これまで」と「これから」』を紀要別冊第二号にまとめ総括をしています。

残念ながら、到達点はまだまだで、さまざまなことに懸命に取り組んできましたが、学生がどのような力をどれだけ身につけたかを正確に測れているわけではありません。そこは厳しく検討していく必要があると考えています。

ただ、たとえば毎年出しているこの「地域協働型実践教育」の年次報告書において、1回生は、最初は自分の感想めいたことを書くのみでしたが、次第に自分たちの到達度と課題についての自覚を書くようになりました。これは小さな前進です。

それから、大学祭も、昨年は学生たちが「まちのなかでやりたい」と言いだしまして、JR福知山駅前で開催しました。そこにはふだんフィールドワークでお世話になっている地域の方がたも来てくださいましたので、これからも市民と大学の協働の大学祭として育てていけたらと考えています。


  この大学の何が若者を惹きつけるのか

上掛 フィールドワークに出かけた学生さんの反応の方はいかがですか?

井口 地域実践をやりたくて入学した学生は、「週1回では足りない。もっと行きたい」と言い、自主的なプロジェクトを立ち上げるなどしていますが、偏差値からの判断だけで本学を選んだ学生の場合は、フィールドワークに興味が持てなかったり、なかなか意欲的になれなかったりします。

そういう学生に、地域との協働で学ぶことへの動機づけをおこなうのはたいへん難しく、現場の先生方は日々、さまざまな工夫を重ねているところです。
ただ、おもしろいことに、学生の出身県は北海道から沖縄まで全国にまたがっていますが、ほとんどは福知山市と同程度の人口規模のまちから来ています。だから、学生に「とんでもない田舎に来たと、びっくりしたのではないか」と尋ねると、「そんなことはない。私の出身のまちとあまり変わらない」と答えます。
つまり、本学には大都市指向の学生は少なく、「私たちの市や町(出身地)を元気にしたい。そのために地域に入って学びたい」という、きわめて積極的な学生が来てくれているわけで、自分たちの出身地の魅力や特徴に目を向け直す学生たちも出てきています。それが私たち教員の大きな支えです。

上掛 私のゼミにも京都府北部の峰山出身の学生がいますが、「京都市内の人口の多さはくたびれる。北部出身の友だちが話も合うし、将来暮らすには峰山のほうがいい」と言っています。最近の若者は必ずしも大都市指向とは限らないようにも思えます。

井口 地域実践に熱意のある学生は、卒業後の進路の第一志望に出身地の自治体職員を挙げることが多いので、なかなか福知山市に残ってくれません。これは大学を設置した自治体としてはジレンマです。


  帰納法で情報学を学び、まちの防災に貢献する

上掛 今度、新たに情報学部情報学科の設置が発表されました。その意図はどのようなところにあるのでしょうか。

井口 ひとつは、この地域の高校生の関心の方向は地域経営学という社会科学(一部に人文科学も含みますが)だけでなく、自然科学にも向いているので、そうした知的欲求に応えるために理系の学部を設けたい、ということです。

そのために、いま最も必要とされる学問分野は何だろうかと考えると、やはり情報化社会ですから情報学をきちんと学んだ人が求められているのではないかと考えました。 もうひとつは、情報学部は、地域経営学部と同じ理念に基づいて、帰納法的なカリキュラムにします。すなわち、1年次に福知山市などの地方自治体や地域の企業でフィールドワークをおこない、そこで求められる地域課題と情報学的手法からの改善方策への接近などを考える体験をする。そうすると、IT技術や情報機器をより活用するためには原理・理論が必要だと自覚できるようになり、情報学の学びへの動機づけができるだろうと考えたのです。

これを逆にして、いきなり数学などの原理から入ると、学生のモチベーションを高めたり維持したりするのが難しくなります。これまで例のない斬新なカリキュラム体系で、現在設置認可の申請中です(7月18日現在)。

3つめは、防災・減災との関係です。福知山は、毎年のように起こる由良川の氾濫に悩まされてきましたから、災害に強く、持続可能なまちづくりに、情報学の立場から貢献したい。あるいは、高齢者や障がい者の方がたをひとりも取り残さず救出するための対策について、情報学の知見をもとに考えたい。具体的には、たとえば堤防のどこが決壊し、どの地域がどれぐらい氾濫しているか、通行止めの箇所はどこか等々、時事刻々と変化する詳細な情報が住民に即座に伝わるシステム構築などの役割を担いたいと考えています。
また、野生鳥獣害も深刻な地域ですので、動物を感知するシステムの開発など、情報学の立場から関われることは多いと思います。


  まちかどで学ぶ「学長塾」

上掛 大学の公開講座の中では、学長の名前を冠した「井口学長塾」が開かれていて、歴史を学ぶ意義から近現代の話まで、とても興味をそそられるテーマになっています。

井口 これは私も楽しみにしている試みです。「真に地域密着型をめざすなら、昔の寺子屋のように、つねに市民と一緒に学ぶ場をつくりたい。だから、開くなら、ぜひまちなかで」と思って、当初は既存の古本カフェを会場にしました。いまは、旧市街地の商店街の空き家をリフォームした、まちかどキャンパス「吹風舎」で開いています。
開講した当初の受講生は小中高の教員を定年退職された高齢者と現役の学校教員の方がたをはじめ、一般市民だけだったのですが、先日の講座に初めて本学の学生が来てくれまして、とても喜んでいるところです。

上掛 いまの学生さんには、知らない人と話すことに苦手意識もあるようですが…

井口 地域の人びととコミュニケーションをとるためには、自分の思いを率直に伝えること以上に、年齢や考え方の異なる相手の話をしっかり聴く能力が必要ですが、最近の若い人たちはSNSを介してコミュニケーションをとることが多いようです。その世界に頼りすぎると、対話を通じて地域社会の人びととつながる能力は低下せざるを得ないので、そこを克服することは大切な課題だと思います。
もうひとつ危惧しているのは活字離れです。本学では、地域に入ると同時に、座学でも必ず課題を出して、それに関連する文献を読むように促していますが、学生たちは苦労しているようです。
残念なことに、本学の図書館はまだ蔵書が少ないので、それを補うために学生には福知山市立図書館の利用を促しています。市立図書館は、28万冊もの蔵書があり、JR福知山駅前の、ふだん学生が市民との協働の企画でよく出入りする「ふくちやま市民交流プラザ」内にあるので、利用しやすい環境にあります。

上掛 若者の活字離れとかかわって、大学生協では卒業するまでの4年間に100冊本を読む「読書マラソン」の取り組みをしています。また、高齢者支援では、京都生協が、福知山市などを含む京都府下の自治体や社会福祉協議会と見守り協定を結び、買い物難民の多い中山間地域で生協の個配を通じて見守りをおこなったり、助け合いの活動や介護保険の福祉事業も展開したりしています。
このように生活協同組合は購買事業にとどまらない多彩な活動をしているのですが、井口学長からごらんになって、生協はどのように映っていますでしょうか?

井口 京都市内で暮らしていたときは、生協が平和の問題に取り組んでいる姿を目にしていましたが、北部地域で積極的に取り組んでおられるお年寄りの見守りをしている姿はまったく見えていません。せっかくの活動ですから、もっと可視化したほうがいいのではないでしょうか。
大学生協については、私自身生協がある環境のなかで育ってきましたし、学生・教職員の福利厚生にも寄与すると思うので、本学でもできれば良いですね。

上掛 今日は地域と大学の関連についての興味深いお話を、ありがとうございました。



写真撮影・有田知行


プロフィール:井口 和起 (いぐち かずき)
福知山公立大学 学長

略歴
1940年京都府福知山市生まれ。京都大学大学院博士課程中退後、京都大学人文科学研究所・大阪外国語大学を経て、京都府立大学文学部勤務。同学長を退職後、京都府立総合資料館長、同顧問などを歴任。京都大学博士(文学)。現在は、福知山公立大学長、京都府立京都学・歴彩館顧問。専攻は日本近現代史。資料館在職中からアーカイブズ学に接近し、大規模災害時の被災文書の救済活動にも参加。現在、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会副会長。府大在職中の1981年以降、京都の平和のための戦争展運動に長年たずさわってきた。主著は『日露戦争の時代』・『日本帝国主義の形成と東アジア』など。